はやく訪れて来て、ひらひらと羽ばたいて、花に即《つ》いたり花を離れたりして、いつまでも花のあたりを去りかねて飛び廻っている。
 そのうちに朝日は柘榴のこんもりとしてそっくり繁って行く若葉の端々を唐棣色《とうていしょく》に染め出し、漸《ようや》くにして濡縁《ぬれえん》にも及んで来る。

 鶴見はこうやって濡縁に及ぼして来た朝日の脚《あし》どりを徐《しず》かにながめていたが、やや暫く立ってから、ふと昨夜読んだ本のことを思い起した。
「おお、そうであった。朝目《あさめ》よしだ。」太い息をつくようにして、ただそれだけのことをいって、また目をつぶった。
 鶴見が読んだというのは『死者の書』である。
 その本のなかでは世に流伝《るでん》している中将姫《ちゅうじょうひめ》の物語が、俗見とは全く違った方角から取扱われている。『死者の書』は鶴見が数年前から見たいと心がけていながら、手に入れ難かった本の一つである。それを昨夜はゆっくり繙《ひもと》くことが出来た。感得という言葉はこういう場合に使われるのであろう。彼はそう思って丁寧にその書を翻《ひるがえ》して行った。すべてが調子を異《こと》にしているので、初
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