けで、あの東歌が成ったものとは、おれは信じていない。教養とはそんなものなのだ。この教養が製作を促がすと共に実行を妨げる。この矛盾には悩まされるよ。」
「あなたもかぶとを脱ぎましたね。その自省心とかが曲者《くせもの》ですよ。」
「そうだ。過度の自省心は確に曲者だ。」
「そんなことを繰り返していって見たところでなんにもなりませんよ。そのうちに妥協して万事を解決しようとでもするのですな。そんな言訳なぞするようなことをせずに、拙《まず》いものは拙いものとして、堂々と吐き出してしまったらどうです。そして心を新たにするのですな。」
 景彦は何か腹に据えかねるというように、けしきばんで、たちまちに影を隠してしまった。
 取り残された鶴見は、景彦に大きな翼《つばさ》があって、そのひと羽ばたきで払《はら》い退《の》けられるような強い衝撃を受けたのである。
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  「朝目よし」



 ここ数日はつづいて梅雨時のような天気|工合《ぐあい》である。
 夕がたに少し晴間が見えるかと思うと、夜分はまた陰《くも》り、明がたには雨がさっと通りすぎる。そして朝からどんよりしていた空が午後はいよいよ暗くな
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