かった。それをありのままに「蒸しうもの歌|並《ならびに》反歌」と書き添えて、それなりに控帳を閉《とざ》して、擲《な》げ棄《す》てるようにして、側の方へ押《お》し遣《や》った。そしてちと長たらしいなと呟《つぶや》いている。どこかにこだわりがあるらしい。
 この時、突如として、からからとよく響く天狗笑《てんぐわらい》の声が聞えて来た。景彦が意地悪げにこの場に出現して来たのである。
「とうとうあなたも真相を暴露しましたな。蒸し芋の歌なぞ、あれは好い加減なしろ物です。それにご自慢とは。」
「言え、言え。なんとでも言うが好かろう。おれは自作の歌の巧拙を今問うているのではないのだ。おれはだ。一たん荒廃した頭脳のなかにも、いつの代にかこぼれた種子《たね》が埋《う》もれていて、それが時に触れて、けちな芽を出し貧しい花を咲かす。そういうこともあって好さそうに思うからだ。いや、それだけではすまされないのだ。そういう筋道を辿《たど》って究《きわ》めて行けば、思想の開顕という概念が得られそうに思うからだね。真淵の「うま酒の歌」にしろ、あれをおれが推奨するのは、そこに思想の開顕が見られるからだ。『万葉』の大伴卿
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