かたが抱えて来て卓上に置いた大鉢に盛ったものを、二つずつ分けてわれわれの前にならべてある皿の上にも配って廻る。紡錘形のにこやかな物である。蒸し芋である。
 主人は鶴見にこっそりいった。「きょうは一月遅れの七夕《たなばた》ですから、初穂《はつほ》として早出来の甘藷を掘って見ました。」
 こういって、主人は自席へ戻って行った。
 ほほえましい空気が一座の人々の心を和《なご》めずにはおかない。誰の顔を見ても微笑の影が漂っている。

 鶴見ははからずもこの事に感興を得て、数日の後に一篇の古調を賦《ふ》した。全くの異例である。病人に食慾が出てきたようなものだといえばそれまでであるが、鶴見はそれを今以て不思議がっている。

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国足らす畑つ益芋(ますうも)、
をしげなく早めに掘りて、
初穂をば享《う》けたまへと、
たなばたのまつりに供へ、
家刀自《いへとじ》はそがあまり
鉢に盛り、うからにぎはす。
主人(あるじ)は皿に取りわけ、
われらにもいざとすすめぬ。
土をいでて時もあらせず、
このうもの蒸しのうましきや。
まろらに、にこげに、
食うべぬさきよりぞ
おのづからほほゑまる。

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