や》のように、鶴見の頭脳のなかを一瞬の間に飛び過ぎた。
戦災にかかってからは、いや更に荒されたまま、痺《し》びらされたままになっていた頭脳が、ここに漸《ようや》く本然の調子を取り戻す機会を得たことになる。この回復の徴を齎《もたら》した「うま酒」はあたかも霊薬の如きものであった。霊薬の効験は著しかったといって好い。鶴見はそれをよろこんで、将来に何物をか期待する予感を抱くようになった。
今直ぐに手を伸せば把握される何物かがあるようにも思われる。さてそれがどこに潜《ひそ》んでいるかは分らない。鶴見は依然として坐ったまま黙りつづけている。そうしている間に、この日もまたいつしか暮れて、電燈が点《つ》いた。
鶴見たちが世話になっている家は、農家の常とて、表口から裏口にかけて、突き抜けていて、その空所が広い土間である。この家では、その土間の中ほどより裏口に近いところに大きな食卓を据え、その周囲に腰掛が置いてある。食事のおりにはめいめいが極《き》まった席に順序に著く。電燈を点けることが、おおかた夕食開始の刻限になっている。
今晩も電燈が点いたので、鶴見は出居《でい》から土間《どま》に降りて、
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