今湯上りの泡盛が、鶴見にそれ以来の快味を覚えさせたのである。
長話はここで尽きた。黙って聞いていたはずの景彦はいつしか姿を消している。鶴見にはそれを少しでも気にかける様子はなかった。
長話の後で鶴見はまた別な事を勝手に想い浮べている。
戦災後十日ばかりもたってからのことであったろう。鶴見は所用があって、焼け跡の静岡市に出掛けた。町内で班長を勤めていた人に逢って、始末をつけておくべき要件を持っていたが、その人の立退先《たちのきさき》が分らなかった。それが少し見当がついたので、そのあたりを尋ねて見た。いくら捜しても尋ねあたらない。鶴見は諦めて、疲れ切った体を持て余すようにして足を引きずっていた。
その辺は安東といって住宅地である。大部分は焼け残っている。浅間社《せんげんしゃ》の花崗岩の大鳥居《おおとりい》の立っている長谷通《はせどおり》も、安東寄りの片側はおおむね無事である。その通をがっかりして戻って来ると、平常に変らず店を開けている古本屋が先ず目についた。
小さな店のなかは立読みなどをしている青年たちで込み合っている。焼けあとの形《かた》づけさえ覚束《おぼつか》ない状況のさな
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