が分った。きょうは既に一杯引っ掛けて来たらしく、手附や話振にどこやら酔態があるようにも疑われる。そのうちに浴客がたて込んできたので、鶴見はそこそこに湯から上った。もっと詳しく話を聞けば同気相求めて佳境に入《い》ったでもあろうにと、それなりになったのを、口惜《くちお》しくも思っている。

 泡盛の前話はそれで終る。しかるに鶴見の記憶は聯想《れんそう》の作用を起して、この時はからずも往年の親友の一人が鮮やかな姿を取って意識の表に押し出される。ここに泡盛の後話が誕生する。
 その親友の一人がにこにこと笑って、「おい居るか」といって不遠慮にはいって来る。鶴見がここで親友といっているのは岩野泡鳴《いわのほうめい》のことである。
 泡鳴はいきなり、「これから一風呂浴びに行こう。どこか近所に銭湯があるだろう。」
 それはやはり暑さの烈《はげ》しい夏の午後のことであった。
 鶴見は泡鳴を案内して行きつけの風呂屋に出掛けた。能登湯《のとゆ》といって、その頃は入口の欄間に五色の硝子《ガラス》が装われていた。それだけやっと近代化した伝統のある家で、浅葱《あさぎ》の暖簾《のれん》を昔ながらにまだ懸けていたかと
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