うさい》は鰻酒《うなぎざけ》というものを発明したそうだが、おれの南蛮渋茶の方がうわ手だな。だれか南蛮渋茶を飲み伝えてくれる人々がありそうなものだがね。」
「随分おめでたい話ですな。もう好い加減にしておつもりにしましょう。」
「何ね。そんなに痺《しび》れをきらさないで、もう少し我慢して聞いているのだね。しかし今度は本物の方だよ。」
鶴見はますます乗り気になって長話をはじめた。
その長話というのはこうである。鶴見はそれが夏時分であったということを先ず憶《おも》い起《おこ》す。自家用の風呂桶《ふろおけ》が損じたので、直《なお》しに出しているあいだ、汗を流しにちょくちょく町の銭湯《せんとう》に行った。鶴見にはその折の情景がようように象《かたち》を具《そな》えて喚起されるに従って、その夏というのは日華事変の起ったその年の夏であったように思われてくる。
或る日のことである。晩方早目に銭湯に出掛けて見ると、浴客はただ一人ぎりで湯槽《ゆぶね》に浸《ひた》っていた。ほどよく沸いた湯がなみなみと湛《たた》えられて、淡い蒸気がかげろうを立てている。その湯のなかで、肌の生白《なまじろ》い男が両手をひろ
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