そもこそもない態度を取っていたが、ふと気附いたという口振で、「いや、あなたも随分不自由な生活をしてお出《いで》になる。お気の毒だと思って、つい控え目になったのです。」
 鶴見はいった。「そんなお人柄かい。おれがまだ農家に転出していた時のことだ。覚えているだろう。しかも夜半だった。おれは小用をしに立って、潜《くぐ》り戸《ど》の桟《さん》をはずして表に出る。暗さは暗し、農家のこととて厠《かわや》は外に設けてある。ちょうど雨滴落《あまだれお》ちのところで物に躓《つまず》いて仰向《あおむ》けに倒れたね。そして後頭部をしたたか打った。おれはその時死ぬ思いをして苦しんでいたのだ。そこへ君がひょっこり遣って来て、何をしていたかね。手一つ貸そうともせずに、ただ傍観して、冷やかに見おろしていたじゃないか。それだのに、きょうはまた余りに殊勝らしいね。でも好いよ。冗談でも何でも好いから話し合おう。まあ、ゆっくりするさ。」
「そうですか。あの時のことですか。あなたがあれぐらいのことで、ほんとうに死ぬものとは信じていなかったからです。ちと仰山《ぎょうさん》すぎましたな。それはそうとして、この窮屈な世の中で困った
前へ 次へ
全232ページ中24ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
蒲原 有明 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング