に。われは壺を凝視す。
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 輪廻の車は妄執の業によって永劫にめぐりめぐる。人間なればこそ、生物なればこそ、わたくしはそこに僅に永遠の消息を知り、それをよりどころとして、わたくしの信念は連続する。これもわたくしが早くから抱かされた思想である。近ごろ『ツァラツストラ』を読み返してみたが、あの難解な永劫回帰がどうやら自分流に領会されるように思われた。永劫回帰といえども、輪廻思想に基《もとづ》かねば建立されもしなかったろう。
 ――そこで死はどうであるか。「永遠なる再来」は慰藉《いしゃ》にはならない。ツァラツストラの末期《まつご》に筆をつけ兼ねた作者の情を自分は憐んだ。
 こういって、ファナチカルな行為を極端に忌《い》んだニル・アドミラリの作者は『妄想』の一文の中で、血の滴《したた》りのほとばしるような芸術的な偉大な幻想をこともなく放りだした。わたくしにはそれだけの勇気がない。
 輪廻は変貌であるともいえる。

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わが皮膚は苦行の道場、閨房の絨氈《じゅうたん》、
冷やかな石に地熱を吸ふ獅子の恍惚。
われはわが頭に本より生れぬ言語を哺育《はぐく》み
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