、
われは又わが心に本より死なぬ赤子を悲み嘆く。
われはこれ栴檀《せんだん》の林、虚空の襞《ひだ》の大浪、
高山の車輪の一列、一切の変装者、
隙《ひま》もなく魂を食《は》み尽すが故に無上の法楽――
わが密厳詩《みつごんし》。そこに「同時」を貪る「刹那」を聴く。
[#ここで字下げ終わり]
人生は永遠の眼から見れば、単調な、さして取柄もない一平面に見えもしよう。そうはいうもののその単調は絶えず刹那のきざみによって克服されねばならない。輪廻は終局の目的でもあり同時に手段でもある。そこで終局の目的は永遠の中に没してしまう。刹那の面に現われるものは千変万化の方便、修行の道である。
わたくしは老年の手習をはじめるつもりでこの文章を書いた。書いてゆくうちに、不思議なちからがわたくしを促した。魔性のさそいというようなものが加わってきたのかも知れない。そしていよいよこれが書きじまいになると急に気落ちがしてがっくりした。と思うと共に、きこえぬ霹靂《へきれき》の大きな音がわたくしを振り揺《ゆる》がして気をひき立てた。もともと異教徒であったパウロがダマスコの町へ入る途中、大きな光に繞《めぐ》り照らさ
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