するや直ちに魅惑せられてしまった。古びることを知らぬ文章というものがそこに展開せられているのである。ただ一つその文章のなかで分らぬことがあった。ニルアドミラリということである。うぶな少年にはついぞ経験せぬ心的状態である。それは聡明な鴎外が不満足感を洩《も》らすために、たまたま気をぬいて見せた、いわば精神的に贅沢《ぜいたく》なあそびの態度である。ニルアドミラリが分らぬといっても無理はない。
かれに取っては名利を釣るということもまた同様であった。言葉と文字とは分っていても、その実際に達するにはまだまだ遠かった。父親はかれのためには医学を望んでいた。そのことはかねて薄々聞かされてはいたのだが、痛切には感じなかった。そのかれにも欲求があったとすれば、それは自由に出来る仕事である。それは仕事とはいわれなかった。そこにはただ空想の動きがあったばかりである。
そうした空想に応ずる自由な雰囲気のなかで、かれは文芸と手を組むことをおぼえだした。そして勝手気儘な道をたどって行くようになった。正道を逸《そ》れることがあっても何とも思わない。埒《らち》があれば埒を踏み越えて行く。文芸との親しみは日ごとに深
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