を家庭の憂鬱から紛《まぎ》らかした。自然というような広汎な抽象的観念がここに少しく開かれて、今までに覚えなかった快楽をかれの方にさし向けて来た。理性が漸《ようや》くその機能の蠕動《ぜんどう》をもって自覚の徴候を示すようになって来たのである。しかしとんぼの代りに名利《みょうり》を釣る。世間の誰しもがそういう考になる。そんな平俗の意味すらかれにははっきりとしていなかった。随って名利に対する興味が浅かった。つまるところ、かれには欲望の発達が、どこか性情に欠陥があって、他よりも鈍っていたものとも思われる。その穴を自然が来てうずめてくれたのである。

 少年の鶴見は当時の風潮に従って新聞では『読売』、雑誌では『国民之友』を読むことにした。新聞はとにかく、雑誌を毎号手にするということはこれがはじめてである。明治二十三年の新年からであった。『国民之友』は春秋二期に文芸附録を添える。前年の新年にはS・S・Sの「於母影《おもかげ》」が載せられ、ことしは鴎外署名の「舞姫」が附録の巻頭を飾った。その書き出しが素晴しかった。今までに全く知られなかった新味と独特の風格とを併せ備えた名文章である。少年のかれは一読
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