もとのままの方が落ちつきがあって好ましかった。そのくせ今度は家の隅《すみ》に茶室めいたものが造られて、炉《ろ》が切ってあった。
 父はその茶室に閉じ籠って、七十歳を超えてから死ぬるまでの幾年かをすわり続けた。父の茶道は素《もと》より然《しか》るべき藪《やぶ》の内《うち》の宗匠に就《つい》て仕上げをしていたのであるが、しかも父の強い個性は徒《いたず》らな風流を欲しなかった。朝茶の炉手前は何かしら苦業《くぎょう》を修する発端で、その日も終日不可解の茶の渋味を呪法《じゅほう》に則《のっと》るごとき泡立てに和《やわ》らげて、静座しつつ、楽《らく》の茶碗を取りあげて、ひとりで苦しんで喫してあるべき運命の前提のようにも思われた。父は閑日月《かんじつげつ》の詮議《せんぎ》よりもむしろその方をよろこんでいたのだろう。そこに父の平生抑えていて弛《ゆる》めぬ克己心《こっきしん》の発露がある。こうして父は苦行の道を択《えら》んで一生を過したといって好い。
 こんな事がある。会席の真似事をして銅鑼《どら》を打つ。会席では用意が整えられたしらせに銅鑼を打って、路次の待合客に入室をうながす合図とする。それを打つに
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