車をそこに駐めたのは、母が名物のみやげでも買うつもりであったかとも思われる。それはともかく、そういうところが菓子屋であるという、店の格好から来る印象は前々から既に強く受けていたものがあったにちがいない。幼いなりに、またそれだけに、そういう印象を拠りどころにして、無意識にもせよ、それとこれとを比較する能力をいつかしらに蓄えていたにちがいない。その比較の証拠に立つのは麹町三丁目の船橋である。
 船橋は有名な古肆《こし》で、御菓子司《おかしづかさ》の称号を暖簾《のれん》に染め出していた御用達《ごようたし》である。屋号を朱漆《しゅうるし》で書いた墨塗の菓子箱が奥深く積み重ねてあって、派手な飾りつけは見せていない。番頭《ばんとう》がその箱を持って来たり、持って行ったりして、物静かに立ち働いている。すべてが地味で堅実らしい。その店へよく母に連れられて行った。それをしっかり覚えているのである。たまたま雷雨に阻《はば》まれて車を駐めたその店がちょうど船橋と同じ格好である。そんなわけから、その店が菓子屋であったということを、今だに疑わずにいる。

 その四。西郷星というものが出るといっておどかされていた
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