けいきゅういん》に納めてある太子の御尊像そっくりであった。左右に童子を随えて、笏《しゃく》を捧げて立たせたまう、あの聡明と威厳を備えた御影である。
鶴見はうっとりとして目を瞑《つぶ》った。目を瞑りながらもなお御影を仰いでいたのである。
和国の教主聖徳王の和讃がどこからともなく流れて来ては去る。その讃頌《さんしょう》の声がいつしかしずまる。もはや聞えなくなったかと思うと共に、今まで仰ぎ見ていた御影もまた滅《き》えて行った。
そして、この娑婆《しゃば》に生れて来たのは、男の児《こ》であった。
その子の父親はわざと産室に顔を出さずにいる。同宿をさせていた友達の一人と二階に上って、この日はひっそりと話し合っていた。友達というのは同じ郷里から出てきた後輩で、同じ役所に勤めているのである。そこへ下から、男の児が無事に生れたという知らせがあった。
主人の父親は、無愛想に、そうかといったきり、にこりともしない。友達の方がかえって、「それはめでたい」といって喜んでいる。
この家の主人は明治の初年に、藩中で三平《さんぺい》の随一と呼ばれたほどの人物の従者になって、あこがれの東京に出てきた。む
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