れでこういった書物は計画的に出ないでも、自然に懐《ふところ》にはいってくる。それを彼は格別怪しみもしないでいる。
鶴見はその『伝暦』を見て、太子|薨去《こうきょ》の時の宝算《ほうさん》が四十九歳、または五十歳でおわしたことを知った。「そうして見れば、明治八年は薨去後一千二百五十年。それに宝算を加えて、まあ、ざっと一千三百余年になる。計数のことは不得手だが、そんなところだろうな。妙なことをいうようだが、おれの回想のなかで産声をあげた小さな魂は、幸か不幸か、そんな年廻りを身につけて生れて来たのだ。これが歴史の業因《ごういん》というものだ。」
この時、突如として例の景彦《かげひこ》が現れる。景彦は目を瞋《いか》らしてはいるが、言葉は急に口を衝《つ》いて出てこない。しわがれたような、慎み深いささやきが聞える。それはただの一言である。
「たわけめ。」
鶴見はこれを聞いてぞっとした。しばらくしてから、こういった。
「生れて来た子供は、よかれあしかれ、そんな運命の枷《かせ》の中で苦しまねばならないのだ。その子供は歴史を作るどころか、定められた歴史の網に縛《いまし》められた小鳥に過ぎない。翼《
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