の夢を夢みて今日を破壞しようとするのは無謀でなくて何であらう。またその目的のために言葉を謬用することは、詩をも識らず、言葉にこもる民族精神にも徹せぬ所爲であらう。
詩は今日の正夢であつてよいのである。今日の境涯には不平、怨嗟は絶えず起る。さればといつて、それ等も今日の夢であつてこそ、それ等に相應する表現價値がある。然るにその不平怨嗟の境涯を以て、明日のために企劃された不逞なる成心による爭鬪意識の對象となすとき、詩の本質は曲解されなくてはならない。詩は詩の埒の外に逸脱しなくてはならない。それに比ぶれば、詩が今日の惡酒に醉ひ痴れてゐても、その方がいくらよいか判らない。
人生はこれを慰めてゆくべきものと諦められる。人生が慰められゝば個人もまた同時に慰められる。詩人はその間に立ちて、犧牲をさゝげ讚め言葉をまをす媒介者である。神と人との隔りを繋ぎとめるカムナギである。更にまた神慮にかなはんがために、世にもめでたき振舞をするワザヲギの民のたぐひである。
詩人のつとめは、それより外にあらうはずがない。詩はかくの如くにして、神と人とのつながりから、自然に巧まれてうちあげられたものである。上は出雲
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