といつてもヨーロッパにおいて有名《ゆうめい》な博物館《はくぶつかん》は、まづ第一《だいゝち》にイギリスのロンドンにある大英博物館《だいえいはくぶつかん》を擧《あ》げなければなりません。こゝは美術《びじゆつ》と歴史《れきし》の方面《ほうめん》に關《かん》する品物《しなもの》だけを集《あつ》めた博物館《はくぶつかん》でありまして、今《いま》から四千年《しせんねん》も五千年《ごせんねん》も前《まへ》に開《ひら》けたエヂプトやアッシリヤ、それからやゝ下《くだ》つてギリシヤ、ローマ時代《じだい》の文化《ぶんか》を語《かた》る古美術品《こびじゆつひん》はもとより支那《しな》、日本《につぽん》のような東洋《とうよう》のものを多數《たすう》、しかも優《すぐ》れたものを集《あつ》めてあります。この博物館《はくぶつかん》で一番《いちばん》珍《めづら》しいものは何《なに》かとたづねられると、ちょっと返答《へんとう》に惑《まど》ひますが、エヂプト、ギリシヤ、アッシリアの古美術品《こびじゆつひん》は世界中《せかいじゆう》どこの博物館《はくぶつかん》にも、これに優《まさ》るものは少《すくな》いといはれてをります。あのエヂプトの繪文字《えもんじ》を讀《よ》み始《はじ》める手《て》がゝりになつた『ロセッタ・ストーン』といふ石《いし》、ギリシヤの『パルテノン』といふ御堂《おどう》にあつた彫刻《ちようこく》もこゝにあります。それだけでも、いかに珍《めづら》しいものがあるかといふことは推察《すいさつ》出來《でき》るでせう。そしてこの博物館《はくぶつかん》にはまた立派《りつぱ》な圖書館《としよかん》が設《まう》けてありまして、勉強《べんきよう》するにまことにつごうよく出來《でき》てゐます。こゝを一應《いちおう》見物《けんぶつ》するだけでも一日《いちにち》を要《よう》しますが、入場《にゆうじよう》は無料《むりよう》であり、傘《かさ》や杖《つゑ》を預《あづか》つてくれても賃錢《ちんせん》を取《と》りません。毎日《まいにち》見物《けんぶつ》や勉強《べんきよう》のために、入場《にゆうじよう》する人々《ひと/″\》は非常《ひじよう》にたくさんあつて、ちようど博覽會《はくらんかい》へ行《い》つたほどの賑《にぎは》ひです。この大英博物館《だいえいはくぶつかん》が專《もつぱ》ら古代《こだい》のものを蒐集《しゆうしゆう》してゐますのに對《たい》して、今少《いますこ》し新《あたら》しい時代《じだい》の美術品《びじゆつひん》や歴史《れきし》に關《かん》するものを陳列《ちんれつ》したものに、ビクトリア・アルバート博物館《はくぶつかん》といふのがロンドンにあります。その大《おほ》きさも大英博物館《だいえいはくぶつかん》に肩《かた》を竝《なら》べるくらゐあつて立派《りつぱ》な博物館《はくぶつかん》です。
[#「第七圖 ロンドン・サウス・ケンシントン博物館」のキャプション付きの図(fig18371_08.png)入る]
 前《まへ》の二《ふた》つの博物館《はくぶつかん》は美術《びじゆつ》と歴史《れきし》の方面《ほうめん》に關《かん》したものでありますが、ロンドンには博物學《はくぶつがく》の方面《ほうめん》の大《おほ》きな博物館《はくぶつかん》もあります。それは、サウス・ケンシントン博物館《はくぶつかん》です。こゝには動植鑛物《どうしよくこうぶつ》を始《はじ》め、理科《りか》に關《かん》する標本《ひようほん》が完備《かんび》してゐます。そして子供《こども》や素人《しろうと》のためにいろ/\興味《きようみ》を惹《ひ》くように竝《なら》べてありますので、年《とし》の若《わか》い學校《がつこう》の生徒《せいと》なども大勢《おほぜい》見物《けんぶつ》に出《で》かけます。たとへば昆蟲《こんちゆう》の標本室《ひようほんしつ》にはひつて見《み》ますと、珍《めづら》しい蝶々《ちよう/\》や甲蟲《かぶとむし》などの變《かは》つた種類《しゆるい》のものが驚《おどろ》く程《ほど》たくさんに集《あつ》めてあります。またその室《しつ》の兩側《りようがは》の壁《かべ》近《ちか》くには、幾百《いくひやく》といふ多《おほ》くの引《ひ》き出《だ》しがあつて、種類別《しゆるいべつ》に整理《せいり》した昆蟲標本《こんちゆうひようほん》でいっぱいになつてをり、誰《たれ》でも勝手《かつて》に出《だ》して見《み》ることが出來《でき》るので、自由《じゆう》に勉強《べんきよう》が出來《でき》る設備《せつび》になつてをります。そのほか大《おほ》きな動物《どうぶつ》の標本《ひようほん》には象《ぞう》や鯨《くぢら》もあり、鑛物《こうぶつ》や植物《しよくぶつ》の標本《ひようほん》もすっかり揃《そろ》つてゐることは申《まを》すまでもありません。更《さら》にロンドンには古代《こだい》の繪畫《かいが》ばかりを集《あつ》めた博物館《はくぶつかん》だとか、肖像畫《しようぞうが》を專門《せんもん》に竝《なら》べた博物館《はくぶつかん》だとか、ロンドン市《し》に關《かん》する歴史《れきし》の材料《ざいりよう》を集《あつ》めた博物館《はくぶつかん》だとか、インドに關《かん》する資料《しりよう》ばかりを集《あつ》めた博物館《はくぶつかん》だとか、昔《むかし》から今日《こんにち》まで戰爭《せんそう》に使《つか》つた武器《ぶき》ばかりを陳列《ちんれつ》した博物館《はくぶつかん》だとか、汽車《きしや》、汽船《きせん》、電車《でんしや》、飛行機《ひこうき》のような交通《こうつう》に關《かん》する機械類《きかいるい》を集《あつ》めた博物館《はくぶつかん》だとかゞ、こゝかしこにたくさんにありますから、これ等《ら》を一《ひと》とほり見物《けんぶつ》して歩《ある》くだけでも、ロンドンで一週間《いつしゆうかん》ぐらゐは、大丈夫《だいじようぶ》かゝるでせう。ロンドン以外《いがい》では、スコットランドのエヂンバラを始《はじ》めイギリスの大都市《だいとし》、地方《ちほう》の町《まち》や村《むら》にある博物館《はくぶつかん》を一《ひと》つ/\數《かぞ》へ擧《あ》ぐるならば數百《すうひやく》にも達《たつ》するくらゐであります。しかもロンドン以外《いがい》の町《まち》にもわが東京《とうきよう》の帝室博物館《ていしつはくぶつかん》ぐらゐのものが無數《むすう》にあるのは、なんと羨《うらや》ましい[#「羨《うらや》ましい」は底本では「羨《うら》ましい」]ことではありませんか。

      (ロ) フランス、ドイツその他《た》の博物館《はくぶつかん》

 フランスの都《みやこ》パリにも、またロンドンに劣《おと》らないほどの大《おほ》きな博物館《はくぶつかん》があります。それはルーヴル博物館《はくぶつかん》です。こゝには古代《こだい》の美術《びじゆつ》や歴史《れきし》に關《かん》する物《もの》が陳列《ちんれつ》されてありますが、中《なか》でもギリシヤの彫刻《ちようこく》だとか、アッシリアやエヂプトなどの古《ふる》い品物《しなもの》では世界《せかい》に比類《ひるい》のない程《ほど》の立派《りつぱ》なものが集《あつ》められ、陳列品《ちんれつひん》の價値《かち》ある點《てん》から見《み》ても、大英博物館《だいえいはくぶつかん》にけっして負《ま》けないのであります。ルーヴルには圖書館《としよかん》が附設《ふせつ》されてない代《かは》りに、古《ふる》い繪《え》の博物館《はくぶつかん》が含《ふく》まれてをります。殊《こと》にこの古《ふる》い繪《え》の方《ほう》では、他《ほか》にこれと肩《かた》を竝《なら》べる程《ほど》のものはないといはれてをります。たゞこの博物館《はくぶつかん》は昔《むかし》の建《た》て物《もの》をそのまゝ使《つか》つてゐるので、光線《こうせん》の工合《ぐあひ》が少《すこ》しく惡《わる》いのが缺點《けつてん》ともいへるでせう。ルーヴルの他《ほか》にパリで有名《ゆうめい》なのは、歴史《れきし》に關《かん》するものを竝《なら》べたクルニー博物館《はくぶつかん》、郊外《こうがい》に出《で》ますと、サン・ジェルマンの博物館《はくぶつかん》といふ考古學《こうこがく》の博物館《はくぶつかん》があります。
[#「第八圖 パリ・ルーヴル博物館」のキャプション付きの図(fig18371_09.png)入る]
 つぎにドイツへ行《ゆ》きますと、首府《しゆふ》ベルリンにはいふまでもなく多《おほ》くの博物館《はくぶつかん》があります。フリィドリッヒ帝《てい》[#「フリィドリッヒ帝《てい》」は底本では「フリィドノッヒ帝《てい》」]博物館《はくぶつかん》などには古《ふる》い美術品《びじゆつひん》ばかりが集《あつ》めてあり、ベルガモンといふ所《ところ》から持《も》つて來《き》たギリシヤの彫刻《ちようこく》を容《い》れるため、すばらしい設備《せつび》がしてあります。また日本《につぽん》支那《しな》その他《た》東洋《とうよう》の美術品《びじゆつひん》を集《あつ》めた博物館《はくぶつかん》だとか、世界各國人種《せかいかつこくじんしゆ》の土俗品《どぞくひん》を網羅《もうら》した博物館《はくぶつかん》だとかゞこの大都會《だいとかい》を飾《かざ》つてをりますが、ロンドンやパリの大博物館《だいはくぶつかん》に比《くら》べては、新《あたら》しく出來《でき》たゞけに少《すこ》し見劣《みおと》りがするようであります。しかしドイツではベルリン以外《いがい》の都會《とかい》に、かへってベルリンよりも大《おほ》きくて、しかも立派《りつぱ》な博物館《はくぶつかん》が少《すくな》からずあります。その中《うち》でも名高《なだか》いものには、ドレスデンの繪畫博物館《かいがはくぶつかん》、ミュンヘンの繪畫館《かいがかん》、同彫刻館《どうちようこくかん》などを擧《あ》げなくてはなりますまい。ミュンヘンには、また自然科學《しぜんかがく》、(理科《りか》)に關《かん》する方面《ほうめん》の博物館《はくぶつかん》で、世界中《せかいじゆう》で一番《いちばん》よく整《とゝの》ふたものが近頃《ちかごろ》建《た》てられました。ドイツ博物館《はくぶつかん》といふのがそれです。この博物館《はくぶつかん》には電車《でんしや》のことでも、汽車《きしや》のことでも、飛行機《ひこうき》のことでも、潜水艦《せんすいかん》のことでも、らぢお[#「らぢお」に傍点]のことでも、また鑛山《こうざん》のこと、印刷《いんさつ》のこと、その他《ほか》なんでも理科《りか》の學問《がくもん》を應用《おうよう》した爲事《しごと》に關《かん》する品物《しなもの》を、それ/″\その發達《はつたつ》の順序《じゆんじよ》に應《おう》じて竝《なら》べてあります。そして、見物人《けんぶつにん》が自分《じぶん》で隨意《ずいい》にぼたん[#「ぼたん」に傍点]を押《お》すときは、電氣仕掛《でんきじか》けに通《つう》じて機械《きかい》が動《うご》き出《だ》し、見物人自身《けんぶつにんじしん》で實驗《じつけん》が自由《じゆう》に出來《でき》るようになつてをります。ですからもし博物館《はくぶつかん》を詳細《しようさい》に見《み》て行《い》つたならば、中學校《ちゆうがつこう》や大學《だいがく》などに入學《にゆうがく》しなくとも、ひとりで學問《がくもん》が出來《でき》るであらうと思《おも》はれるぐらゐに、すべてに完備《かんび》してゐるのにはまったく驚嘆《きようたん》せられます。
[#「第九圖 ベルリン博物館ベルガモン彫刻室」のキャプション付きの図(fig18371_10.png)入る]
 オーストリアのウインの町《まち》にも、ベルリンよりも一《いつ》そう立派《りつぱ》な博物館《はくぶつかん》が二《ふた》つもあります。イタリイに行《ゆ》きますと、ローマにはバチカン博物館《はくぶつかん》を始《はじ》め、古美術品《こびじゆつひん》を陳列《ちんれつ》した良《よ》い博物館《はくぶつかん》が二《ふた》つ三《み》つありますし、ネープルスや
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