博物館
濱田青陵

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)私《わたし》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一八九二|年《ねん》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)いろ/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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[#「朝鮮慶州金冠塚發見の王冠」のキャプション付きの図(fig18371_01.png)入る]
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     はしがき

 私《わたし》は『博物館《はくぶつかん》』といふ題《だい》で書《か》くことになりましたが、何分《なにぶん》博物館《はくぶつかん》といつても、美術考古博物館《びじゆつこうこはくぶつかん》もあり、科學博物館《かがくはくぶつかん》もあり、そのほかいろ/\の博物館《はくぶつかん》があるので、それを一々《いち/\》説明《せつめい》すれば百科《ひやつか》の學《がく》を講釋《こうしやく》することになり、それは私《わたし》には出來《でき》ない藝當《げいとう》であるのみならず、一册《いつさつ》の本《ほん》にはとうてい收《をさ》め切《き》れません。しかし幸《さいは》ひ美術《びじゆつ》や自然科學《しぜんかがく》のお話《はなし》は、別《べつ》に諸先生《しよせんせい》が筆《ふで》を執《と》られてゐることゝ思《おも》ひますから、私《わたし》は博物館《はくぶつかん》のうち考古學《こうこがく》の博物館《はくぶつかん》のことだけを書《か》くことにし、この一册《いつさつ》の本《ほん》によつて若《わか》い人達《ひとたち》に考古學《こうこがく》の大體《だいたい》のお話《はな》しをすることにいたしました。たゞ何分《なにぶん》書物《しよもつ》の標題《ひようだい》が『博物館《はくぶつかん》』となつてゐますので、始《はじ》めに少《すこ》しばかり博物館全體《はくぶつかんぜんたい》のことを述《の》べて置《お》きます。
 考古學《こうこがく》のお話《はな》しをする爲《た》めには、どうしても實物《じつぶつ》をお見《み》せするか、せめて寫眞《しやしん》や繪《え》をお目《め》にかけなくてはよくわかりかねます。それで、この本《ほん》にもわりあひにたくさん繪《え》を入《い》れて置《お》きました。そのうち霜島正一郎《しもじましよういちろう》[#「霜島正一郎《しもじましよういちろう》」はママ]先生《せんせい》の手《て》になつたものもありますが、便宜上《べんぎじよう》私《わたし》の描《か》いた拙《まづ》い素人畫《しろうとが》もたくさんあるのは、おゆるしを願《ねが》ふほかはありません。またこの本《ほん》を書《か》くにあたつて、松本龍太郎《まつもとりゆうたろう》さんにいろ/\御厄介《ごやつかい》になつたことを、こゝで厚《あつ》くお禮《れい》を申《まを》しあげて置《お》きます。
  昭和四年七月
[#地から3字上げ]濱田青陵《はまだせいりよう》
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      目次《もくじ》

第一《だいゝち》、序《じよ》の卷《まき》

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一、博物館《はくぶつかん》とはどういふ所《ところ》ですか
  イ、博物館《はくぶつかん》の種類《しゆるい》
  ロ、博物館《はくぶつかん》の施設《しせつ》
二、世界各國《せかいかつこく》の大博物館《だいはくぶつかん》
  イ、イギリスの博物館《はくぶつかん》[#「博物館」は本文見出しでは「大博物館」]
  ロ、フランス、ドイツその他《た》の博物館《はくぶつかん》
  ハ、アメリカの博物館《はくぶつかん》
  ニ、世界《せかい》で珍《めづら》しい博物館《はくぶつかん》
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第二《だいに》、考古博物館《こうこはくぶつかん》の卷《まき》(上《じよう》)

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一、考古學《こうこがく》とはどういふ學問《がくもん》ですか
  イ、考古學《こうこがく》と考古博物館《こうこはくぶつかん》
  ロ、人類《じんるい》の始《はじ》め
  ハ、文化《ぶんか》の三時代《さんじだい》
二、舊石器時代室《きゆうせつきじだいしつ》
  イ、舊石器《きゆうせつき》の種類《しゆるい》
  ロ、舊石器時代《きゆうせつきじだい》の繪畫《かいが》など
三、新石器時代室《しんせつきじだいしつ》
  イ、貝塚《かひづか》と湖上住居《こじようじゆうきよ》
  ロ、磨製石器《ませいせつき》と土器《どき》
  ハ、巨石記念物《きよせききねんぶつ》
  ニ、金屬《きんぞく》の發見《はつけん》と使用《しよう》
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第三《だいさん》、考古博物館《こうこはくぶつかん》の卷《まき》(下《げ》)

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一、日本先史時代室《につぽんせんしじだいしつ》
  イ、日本《につぽん》の石器時代《せつきじだい》
  ロ、貝塚《かひづか》、墓地《ぼち》などの遺跡《いせき》
  ハ、石器《せつき》と骨角器《こつかくき》
  ニ、土器《どき》と土偶《どぐう》
  ホ、朝鮮《ちようせん》と支那《しな》の石器《せつき》
  ヘ、青銅器《せいどうき》と銅鐸《どうたく》
二、日本原史時代室《につぽんげんしじだいしつ》
  イ、日本《につぽん》の古墳《こふん》
  ロ、埴輪《はにわ》と石人《せきじん》
  ハ、石棺《せきかん》と石室《せきしつ》
  ニ、上古《じようこ》の帝陵《ていりよう》
  ホ、勾玉《まがたま》などの玉類《たまるい》
  ヘ、古《ふる》い鏡《かゞみ》
  ト、刀劒《とうけん》と甲胄《かつちゆう》
  チ、馬具《ばぐ》、土器《どき》その他《た》
  リ、建築《けんちく》、彫刻《ちようこく》、繪畫《かいが》など
  ヌ、古瓦《ふるがはら》と古建築《こけんちく》
三、朝鮮《ちようせん》滿洲《まんしゆう》の古墳室《こふんしつ》
  イ、南朝鮮《みなみちようせん》の古墳《こふん》
  ロ、北朝鮮《きたちようせん》及《およ》び滿洲《まんしゆう》の古墳《こふん》
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博物館《はくぶつかん》
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裝幀・恩地孝四郎
   島田貞彦
口繪・霜島正三郎
※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]繪・霜島正三郎
   濱田青陵
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第一、序の卷
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     一、博物館《はくぶつかん》とはどういふ所《ところ》ですか

      (イ) 博物館《はくぶつかん》の種類《しゆるい》

 皆《みな》さんは、博物館《はくぶつかん》といふ所《ところ》を見《み》たことがありますか。博物館《はくぶつかん》にはいろ/\の美《うつく》しいものや珍《めづら》しい品物《しなもの》が竝《なら》べてあります。皆《みな》さんのなかには、博物館《はくぶつかん》に竝《なら》べてあるものは金錢《きんせん》で買《か》ふことの出來《でき》ないといふことが、たゞ三越《みつこし》や大丸《だいまる》などのでぱーとめんと[#「でぱーとめんと」に傍点]・すとあー[#「すとあー」に傍点]と違《ちが》つてゐるところだと思《おも》ふ人《ひと》があるかも知《し》れません。またそれらの店《みせ》よりも面白《おもしろ》いものや綺麗《きれい》な物《もの》が少《すくな》いところだといふ人《ひと》があるかも知《し》れません。しかし博物館《はくぶつかん》とでぱーとめんと[#「でぱーとめんと」に傍点]・すとあー[#「すとあー」に傍点]との違《ちが》ひは、けっしてそのような點《てん》ばかりではないのです。でぱーとめんと[#「でぱーとめんと」に傍点]・すとあー[#「すとあー」に傍点]ではお客《きやく》の眼《め》を惹《ひ》くように、美《うつく》しいものや珍《めづら》しいものを、たいてい、なんの秩序《ちつじよ》もなく竝《なら》べ立《た》てゝありますが、博物館《はくぶつかん》の陳列品《ちんれつひん》は皆《みな》、種類《しゆるい》をわけ順序《じゆんじよ》をつけ、その品物《しなもの》には一々《いち/\》わかるような説明《せつめい》をつけて、それを見《み》て廻《まは》るうちに自然《しぜん》に學問《がくもん》が出來《でき》るようにしてあるのです。それで博物館《はくぶつかん》は品物《しなもの》を買《か》ひに行《ゆ》くところでもなく、また遊《あそ》びに行《ゆ》くところでもありません。皆《みな》さんの學校《がつこう》と同《おな》じように勉強《べんきよう》をしたり、學問《がくもん》をする場所《ばしよ》なのです。もっとも學校《がつこう》と違《ちが》ふところは、博物館《はくぶつかん》には先生《せんせい》がをられません。また時間《じかん》も一時間《いちじかん》づゝきまつて勉強《べんきよう》するようには出來《でき》てをりませんから、誰《たれ》でも博物館《はくぶつかん》に行《い》つた人《ひと》は、自由《じゆう》に勉強《べんきよう》が出來《でき》、時間《じかん》にしばられるといふ窮屈《きゆうくつ》な思《おも》ひはありません。けれども、先生《せんせい》のように親切《しんせつ》に教《をし》へて下《くだ》さる人《ひと》はなく、休《やす》みの時間《じかん》にお友達《ともだち》と面白《おもしろ》く遊《あそ》ぶことが出來《でき》ないから、時《とき》には退屈《たいくつ》することもありませう。
[#「第一圖 東京帝室博物館」のキャプション付きの図(fig18371_02.png)入る]
 博物館《はくぶつかん》には皆《みな》さんの知《し》つてゐるように、種々《しゆ/″\》の品物《しなもの》が竝《なら》べてありますが、たいていはある種類《しゆるい》のものばかりを選《えら》んで、陳列《ちんれつ》してあるのです。例《たと》へば東京《とうきよう》の上野公園《うへのこうえん》や、奈良《なら》にある帝室博物館《ていしつはくぶつかん》とか、また京都《きようと》の恩賜京都博物館《おんしきようとはくぶつかん》などには、古《ふる》い繪畫《かいが》や彫刻《ちようこく》や、陶器《とうき》などのような美術品《びじゆつひん》ばかりが陳列《ちんれつ》してあります。このように美術品《びじゆつひん》ばかりを陳列《ちんれつ》する博物館《はくぶつかん》を美術博物館《びじゆつはくぶつかん》あるひはこれを略《りやく》して美術館《びじゆつかん》とも呼《よ》びます。それから歴史《れきし》に關係《かんけい》ある品物《しなもの》ばかりを陳列《ちんれつ》した博物館《はくぶつかん》は歴史博物館《れきしはくぶつかん》といひます。また鑛物《こうぶつ》や動植物《どうしよくぶつ》のような博物學《はくぶつがく》に關《かん》する標本類《ひようほんるい》ばかりを陳列《ちんれつ》してある所《ところ》は博物學博物館《はくぶつがくはくぶつかん》といふことが出來《でき》ます。その他《ほか》貝殼《かひがら》ばかりを竝《なら》べた貝類博物館《かひるいはくぶつかん》、電氣《でんき》に關《かん》するものを竝《なら》べた電氣博物館《でんきはくぶつかん》といふように、陳列品《ちんれつひん》の種類《しゆるい》は大《おほ》わけにも小《こ》わけにも隨意《ずいい》に區別《くべつ》することが出來《でき》ます。
[#「第二圖 京都恩賜博物館」のキャプション付きの図(fig18371_03.png)入る]
 私達《わたしたち》の知識《ちしき》を廣《ひろ》め學問《がくもん》の爲《ため》になる品物《しなもの》は千差萬別《せんさばんべつ》で、その種類《しゆるい》は實《じつ》に無限《むげん》に多《おほ》いのでありますから、これをみんな一《ひと》つの場所《ばしよ》に集《あつ》めて陳列《ちんれつ》することは容易《ようい》でありませんし、またさうした博物館《はくぶつかん》をこしらへるには非常《ひじよう》に大《おほ》きな建《た》て物《もの》
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