》海岸《かいがん》に棲《す》んだ人間《にんげん》の住居《じゆうきよ》の傍《そば》に出來《でき》た塵埃《じんあい》すて場《ば》であります。ですから何《なに》しろ海岸《かいがん》に近《ちか》い場所《ばしよ》にあつたに相違《そうい》ありませんが、今日《こんにち》では海岸《かいがん》から遠《とほ》く、時《とき》には數里《すうり》も離《はな》れた所《ところ》にあることがあります。これはその後《ご》陸地《りくち》が隆起《りゆうき》し、海《うみ》がひいてしまつたのです。またその反對《はんたい》にデンマルクなどのように、海《うみ》が陸地《りくち》ををかして來《き》たので、今日《こんにち》では海中《かいちゆう》に貝塚《かひづか》が浸《ひた》つてゐるところもあります。
 この貝塚《かひづか》を始《はじ》めて研究《けんきゆう》した人《ひと》は、デンマルクの學者《がくしや》でありました。最初《さいしよ》は、たくさんの貝殼《かひがら》は、果《はた》して昔《むかし》の人《ひと》がその肉《にく》を食《く》つてすてたものか、どうかゞ疑問《ぎもん》とせられたのでありましたが、ある學者《がくしや》が綿密《めんみつ》に調査
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