《さんかん》にゐるものもありましたが、海岸《かいがん》近《ちか》くに住居《じゆうきよ》して、魚《さかな》や貝《かひ》を捕《とら》へてその肉《にく》を食《く》つたものが多《おほ》いようです。それで、その當時《とうじ》の人《ひと》が住居《じゆうきよ》した跡《あと》が海岸《かいがん》附近《ふきん》に遺《のこ》つてゐて、かれ等《ら》が食《く》つてすてた貝殼《かひがら》や、魚《さかな》や獸《けだもの》の骨《ほね》などがたまつてゐる所《ところ》があります。かういふ場所《ばしよ》では、白《しろ》い貝殼《かひがら》が一番《いちばん》よく目立《めだ》つので、われ/\はこれを貝塚《かひづか》と呼《よ》んでをるのであります。貝塚《かひづか》の中《なか》からは貝殼《かひがら》や骨《ほね》のようなものゝ他《ほか》に、その時分《じぶん》の人間《にんげん》が使用《しよう》してゐた石器《せつき》だとか骨器《こつき》だとか、また土器《どき》だとかの破損《はそん》してすてられたものや、あるひは遺失《いしつ》したものなどが發見《はつけん》せられます。この貝塚《かひづか》は前《まへ》に申《まを》しましたように、元來《がんらい
前へ 次へ
全290ページ中82ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
浜田 青陵 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング