ことを知《し》らなかつたといふにすぎないのです。この彫刻《ちようこく》を造《つく》つた人間《にんげん》は、前《まへ》に説明《せつめい》した古《ふる》い人間《にんげん》の模型中《もけいちゆう》にあつた『クロマニヨン』人《じん》に屬《ぞく》するのであります。『クロマニヨン』人《じん》は、頭腦《ずのう》も大《おほ》きく恰好《かつこう》も整《とゝの》うてをり、けっして野蠻人《やばんじん》といふことの出來《でき》ない體格《たいかく》の持《も》ち主《ぬし》でありますからこそ、かようなものが造《つく》り得《え》られたのです。更《さら》に『クロマニヨン』人《じん》は、彫刻《ちようこく》をしたばかりでなく、大《おほ》きな繪《え》も描《か》いたのです。その繪《え》は今日《こんにち》まで遺《のこ》つてをりますが、あちらの壁《かべ》を御覽《ごらん》なさい。(第二十四圖《だいにじゆうしず》)壁《かべ》に懸《かゝ》つてゐる牛《うし》、馬《うま》、鹿《しか》などの繪《え》はかれ等《ら》が洞穴《ほらあな》の中《なか》の石壁《いしかべ》に彫《ほ》りつけたり、また描《か》いたりした繪《え》の寫《うつ》しであります。かの牛
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