ゞ》まつて朝鮮《ちようせん》を治《をさ》めてゐたのであります。それですからその附近《ふきん》には、その頃《ころ》の支那人《しなじん》の古墳《こふん》がたくさんあるのであります。これはみな小《ちひ》さい圓塚《まるづか》であつて、中《なか》には木《き》の棺《かん》を入《い》れたものやあるひは大《おほ》きな煉瓦《れんが》(甎《せん》といひます)で室《しつ》をつくつたものもありまして、その煉瓦《れんが》にはいろ/\模樣《もよう》があります。これらの墓《はか》を掘《ほ》りますと立派《りつぱ》な品物《しなもの》がたくさん出《で》ますが、それには前《まへ》に新羅《しらぎ》の墓《はか》で見《み》たような金《きん》ぴかものはありません。もっとじみ[#「じみ」に傍点]な銅《どう》や玉《ぎよく》でつくつた品物《しなもの》で、かへって美術的《びじゆつてき》にはなか/\優《すぐ》れたものが大《たい》そう多《おほ》いのです。新羅《しらぎ》の人《ひと》とこゝにゐた漢《かん》の人《ひと》との、趣味《しゆみ》の相違《そうい》がよくわかつて面白《おもしろ》いと思《おも》はれます。
 ある墓《はか》の中《なか》からは、木棺
前へ 次へ
全290ページ中280ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
浜田 青陵 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング