》きな柱《はしら》の礎石《そせき》が殘《のこ》つてゐることもあります。この礎《いしずゑ》の竝《なら》べ方《かた》を見《み》て、そこにはどういふ形《かたち》の御堂《おどう》が建《た》つてゐたかゞ知《し》られます。もちろんこの時分《じぶん》のお寺《てら》の建築《けんちく》で、今日《こんにち》もなほ昔《むかし》の礎《いしづゑ》の上《うへ》に立《た》つてゐるものも、たまには珍《めづ》らしく殘《のこ》つてゐます。あの法隆寺《ほうりゆうじ》の金堂《こんどう》、五重《ごじゆう》の塔《とう》中門《ちゆうもん》などが一番《いちばん》古《ふる》いもので、千何百年《せんなんびやくねん》も長《なが》いあひだ木造《もくぞう》の建築《けんちく》がそのまゝ傳《つた》はつてゐるといふことは、世界《せかい》にも餘《あま》り例《れい》のないことです。その次《つ》ぎに古《ふる》いのは奈良《なら》の西《にし》にある藥師寺《やくしじ》の塔《とう》、それから聖武天皇頃《しようむてんのうころ》の建《た》て物《もの》が奈良《なら》にちょい/\殘《のこ》つてをります。これ等《ら》のお寺《てら》をよく見《み》ると、皆《みな》さんはいろ/
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