出來《でき》るのであります。
[#「第五十二圖 日本古墳埴輪人物」のキャプション付きの図(fig18371_53.png)入る]
 さて埴輪《はにわ》の筒形《つゝがた》のものは、墓《はか》の丘《をか》のまはり、時《とき》には堀《ほり》の外側《そとがは》の土手《どて》にも、一重《ひとへ》二重《ふたへ》あるひは三重《みへ》にも、取《と》り繞《めぐ》らされたのであり、また塚《つか》の頂上《ちようじよう》には家形《いへがた》や、それに似《に》た大《おほ》きな埴輪《はにわ》を置《お》いたものであることは、今《いま》までもわかつてをりましたが、人間《にんげん》や動物《どうぶつ》の埴輪《はにわ》などはどこへ立《た》てたものか、はっきりしたことが、わからなかつたのであります。ところが、最近《さいきん》に上野《かうづけ》の國《くに》のある前方後圓《ぜんぽうこうえん》の古墳《こふん》では、周圍《しゆうい》の堀《ほり》の外側《そとがは》、ちょうど墓《はか》の前《まへ》のところに、筒形《つゝがた》のものを長《なが》い間《あひだ》二重《ふたへ》に竝《なら》べ、その一部分《いちぶぶん》に人間《にんげん》や馬《うま
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