ん》や漢《かん》の時代《じだい》から天子《てんし》の墓《はか》などにあつたもので、それを日本《につぽん》が支那《しな》と交通《こうつう》を始《はじ》めてから後《のち》にまねたものが多《おほ》いようであります。そして天皇《てんのう》の御陵《ごりよう》などにこの四角《しかく》の形《かたち》のお墓《はか》が造《つく》られるようになりました。それですから日本《につぽん》の古《ふる》い墓《はか》の形《かたち》は、まづ圓《まる》いのと四角《しかく》なのと、前方後圓《ぜんぽうこうえん》なのとの三通《みとほ》りといふことが出來《でき》ます。その中《うち》最《もつと》も古《ふる》くからあつたのは圓塚《まるづか》、その次《つ》ぎに出來《でき》たのが前方後圓《ぜんぽうこうえん》、それから最後《さいご》に流行《りゆうこう》して來《き》たのは四角塚《しかくづか》でありますが、この前方後圓《ぜんぽうこうえん》と四角《しかく》な形《かたち》はやがて廢《すた》れてしまつて、奈良朝時代《ならちようじだい》からは、普通《ふつう》の圓塚《まるづか》が專《もつぱ》ら行《おこな》はれるようになりました。
 さて今《いま》申《ま
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