ならば物《もの》を叩《たゝ》く槌《つち》に使《つか》ふものかといふに、それには餘《あま》り細工《さいく》が過《す》ぎてゐるようにも思《おも》はれるので、果《はた》して何《なに》に使《つか》はれたものか頗《すこぶ》る疑《うたが》はしいくらゐです。この打製石斧《だせいせきふ》は、ある場所《ばしよ》ではずいぶんたくさんに出《で》ます。今《いま》から二十年程前《にじゆうねんほどまへ》に私共《わたしども》が東京《とうきよう》の西《にし》、武藏《むさし》の深大寺《じんだいじ》といふ村《むら》の附近《ふきん》を歩《ある》くと、一時間《いちじかん》に何十本《なんじつぽん》となく拾《ひろ》ひ得《え》られました。その村《むら》の小學校《しようがつこう》には、生徒達《せいとたち》が拾《ひろ》つて來《き》た石斧《せきふ》を、教室内《きようしつない》に竝《なら》べてある五六十《ごろくじゆう》の机《つくゑ》の上《うへ》に一《いつ》ぱい山《やま》のように竝《なら》べてあるのを見《み》ました。その數《かず》は二千以上《にせんいじよう》もあつて實《じつ》に驚《おどろ》いた次第《しだい》でありました。こんなにたくさん打製
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