げて縛《しば》るといふことがあつたものと考《かんが》へられるのであります。また石器時代《せつきじだい》のごときまだ開《ひら》けない時代《じだい》でも、親子《おやこ》の情愛《じようあい》といふものは今日《こんにち》と變《かは》りはなかつたのですから、幼兒《ようじ》の死體《したい》でもけっして捨《す》てゝはありません。赤子《あかご》や兒童《じどう》の死體《したい》は、大《おほ》きい土器《どき》の壺《つぼ》に入《い》れて特別《とくべつ》に葬《はうむ》つてある場合《ばあひ》が多《おほ》いのです。また松島《まつしま》では、老母《ろうぼ》と少女《しようじよ》とが抱《だ》き合《あは》せて葬《はうむ》つてありましたが、これは定《さだ》めし祖母《そぼ》と孫娘《まごむすめ》とが同時《どうじ》に病死《びようし》したものを葬《はうむ》つたものと思《おも》はれます。そしてその少女《しようじよ》の頸《くび》には小《ちひ》さい石《いし》の玉《たま》を珠數《じゆず》にして飾《かざ》つてありました。なんといぢらしいことではありませんか。
 私共《わたしども》は、かような墓地《ぼち》を發掘《はつくつ》して、その時分《じぶ
前へ 次へ
全290ページ中132ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
浜田 青陵 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング