附近《ふきん》において線路《せんろ》の上《うへ》に白《しろ》い貝殼《かひがら》が多《おほ》く散亂《さんらん》してゐるのを見《み》つけまして、これはきっと石器時代《せつきじだい》の貝塚《かひづか》があるのに違《ちが》いないと思《おも》ひ、それから間《ま》もなくこの大森《おほもり》へ發掘《はつくつ》に出《で》かけました。果《はた》してそれは貝塚《かひづか》でありまして、石器《せつき》や土器《どき》が多數《たすう》に出《で》て來《き》たのです。これが日本《につぽん》において貝塚《かひづか》を研究《けんきゆう》するために發掘《はつくつ》した最初《さいしよ》であります。モールス先生《せんせい》は、三四年前《さんよねんぜん》アメリカで亡《な》くなられましたが、近頃《ちかごろ》この大森《おほもり》に先生《せんせい》の記念碑《きねんひ》が建《た》てられました。このモールス先生《せんせい》の弟子達《でしたち》や、またその後《ご》に出《で》て來《き》た學者達《がくしやたち》が、熱心《ねつしん》に東京附近《とうきようふきん》の貝塚《かひづか》を調査《ちようさ》いたしまして、石器時代《せつきじだい》の事柄《こ
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