も多《おほ》くの土器《どき》が發見《はつけん》されます。私共《わたしども》が石器時代《せつきじだい》の遺蹟《いせき》を探《さが》すには、石器《せつき》に眼《め》をつけるよりも、田圃《たんぼ》の中《なか》に散《ち》らばつてゐる土器《どき》の破片《はへん》を見《み》つけることが一番《いちばん》の早道《はやみち》だと思《おも》はれるくらゐであります。この土器《どき》も石器《せつき》と同《おな》じように、あるひは石器《せつき》よりもより以上《いじよう》に、一度《いちど》破損《はそん》した場合《ばあひ》はとうてい修繕《しゆうぜん》が出來《でき》ない。もっとも時《とき》には大形《おほがた》の土器《どき》に罅《ひゞ》がはひつたり破《わ》れたりした時《とき》、兩側《りようがは》に孔《あな》をあけて紐《ひも》で縛《しば》りつけたものがないではありませんが、多《おほ》くは捨《す》てゝしまつたものと見《み》え、遺《のこ》つてゐる土器《どき》はたいてい破《わ》れ物《もの》であります。もっとも墓場《はかば》だとか、その他《ほか》の場所《ばしよ》に完全《かんぜん》な土器《どき》が埋《うづ》もれてゐることもありますが、私共《わたしども》の發見《はつけん》するのは多《おほ》くは破片《はへん》です。それは發掘《はつくつ》する時《とき》、壞《こは》れるのでなくて、たいてい元《もと》から壞《こは》れてゐるのであります。
 この當時《とうじ》の土器《どき》は、まだ完全《かんぜん》な轆轤《ろくろ》を使用《しよう》しなかつたのでありますが、そのわりあひに形《かたち》もよく整《とゝの》つて、歪《ゆが》んだものなどは甚《はなは》だ稀《まれ》であり、かなり巧《たく》みに造《つく》られてゐるように思《おも》はれます。それはおそらく平《ひら》たい籠《かご》のようなものゝ上《うへ》で、まはしながら作《つく》つたのでせう。その頃《ころ》にはすでに土器《どき》を造《つく》る專門《せんもん》の技術者《ぎじゆつしや》もゐたのでせうけれども、後《のち》の時代《じだい》のようにたくさんの土器《どき》を一時《いちじ》に製造《せいぞう》するようなことは少《すくな》かつたらしく、粗末《そまつ》な仕入《しい》れものと見《み》られるものは甚《はなは》だ稀《まれ》であります。それで形《かたち》や模樣《もよう》なども同《おな》じものが少《すくな》
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