《の》べたとほりでありますが、それは一體《いつたい》どういふところから出《で》るかと申《まを》しますと、種々《しゆ/″\》ありますが、その中《うち》一《いち》ばん多《おほ》いのは、ヨーロッパのデンマルクなどにあるのと同《おな》じ貝塚《かひづか》からであります。貝塚《かひづか》といふのは、前《まへ》にも申《まを》したとほり、昔《むかし》の人《ひと》が海岸《かいがん》だとか、あるひは湖邊《こへん》だとかに棲《す》んでゐて、平常《へいじよう》食《く》つてゐた貝殼《かひがら》やその他《た》の不用物《ふようぶつ》をすてた掃《は》き溜《だ》めの跡《あと》であります。貝塚《かひづか》は今日《こんにち》、海《うみ》から遠《とほ》く離《はな》れてゐるものが多《おほ》いのですが、昔《むかし》は海岸《かいがん》に近《ちか》くあつたのです。これらの貝塚《かひづか》の廣《ひろ》さは、大《おほ》きなのになると一町歩以上《いつちようぶいじよう》のものもあつて、貝殼《かひがら》のつもつた厚《あつ》さは數尺以上《すうしやくいじよう》に達《たつ》してをります。ことに臺地《だいち》の端《はし》だとか、斷崖《だんがい》の場所《ばしよ》は十數尺《じゆうすうしやく》の厚《あつ》さに及《およ》んでゐるものさへあります。また貝塚《かひづか》は東京附近《とうきようふきん》から東海道《とうかいどう》、山陽道《さんようどう》、九州《きゆうしゆう》その他《た》海《うみ》に近《ちか》い地方《ちほう》には、日本國中《につぽんこくじゆう》到《いた》る處《ところ》に發見《はつけん》せられます。そしてまた海岸《かいがん》ばかりでなく、湖水《こすい》の傍《そば》などにも淡水産《たんすいさん》の貝殼《かひがら》で出來《でき》てゐる貝塚《かひづか》があるのであります。遠江《とほたふみ》の蜆塚《しゞみづか》などはその一例《いちれい》で、蜆《しゞみ》の貝殼《かひがら》などがあるので、こんな名《な》がつけられたのです。一體《いつたい》貝類《かひるい》は動物中《どうぶつちゆう》で比較的《ひかくてき》早《はや》く形《かたち》を變《か》へやすいものでして、蜆《しゞみ》でも昔《むかし》のものは今日《こんにち》よりは形《かたち》も大《おほ》きかつたのです。螺《ばい》でも昔《むかし》と今《いま》は角度《かくど》が幾分《いくぶん》相違《そうい》してゐるよう
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