千年《ごせんねん》の前《まへ》から日本《につぽん》の島々《しま/″\》には人間《にんげん》が棲《す》んでゐて、石器時代《せつきじだい》の文明《ぶんめい》を長《なが》くつゞけてゐたといふことがわかつて來《き》たのであります。われ/\の祖先《そせん》は、支那《しな》から進《すゝ》んだ文明《ぶんめい》を傳《つた》へて今日《こんにち》の日本《につぽん》を建設《けんせつ》して來《き》たのでありますけれども、その元《もと》はやはり石器《せつき》を使用《しよう》した文明《ぶんめい》の上《うへ》に築《きづ》きあげられたものにほかならぬのであります。それでは日本《につぽん》において石器《せつき》を使《つか》つてゐた人間《にんげん》は、われ/\の祖先《そせん》であるか、または別《べつ》な人種《じんしゆ》であるかといふことになりますと、これはなか/\むつかしい問題《もんだい》でありますが、この石器時代《せつきじだい》の墓《はか》から出《で》た人骨《じんこつ》を調《しら》べますと、今日《こんにち》北海道《ほつかいどう》に遺《のこ》つてゐるアイヌに似《に》た性質《せいしつ》の骨《ほね》もありますが、またむしろ今日《こんにち》の日本人《につぽんじん》に近《ちか》く、アイヌとは大分《だいぶ》違《ちが》つた骨《ほね》もありますので、その時代《じだい》から日本《につぽん》の各地《かくち》には少《すこ》しづゝ變《かは》つた體《からだ》の人間《にんげん》が棲《す》んでゐたことがわかります。それで一方《いつぽう》は、大體《だいたい》現在《げんざい》のアイヌに近《ちか》い體質《たいしつ》をもつてゐた人間《にんげん》が石器《せつき》を使《つか》つてゐたと同時《どうじ》に、またわれ/\の祖先《そせん》もまた石器《せつき》を使《つか》つてゐたといふことも疑《うたが》ふ餘地《よち》がありません。もっとも朝鮮《ちようせん》と臺灣《たいわん》の石器時代《せつきじだい》は、日本内地《につぽんないち》の方《ほう》とはまったく異《ことな》つた、別《べつ》の種族《しゆぞく》が棲《す》んでゐたことは注意《ちゆうい》を要《よう》します。
(ロ) 貝塚《かひづか》、墓地《ぼち》などの遺跡《いせき》
日本《につぽん》の各地《かくち》で石器《せつき》が多數《たすう》に發見《はつけん》されるといふことは、たゞ今《いま》述
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