ない此の地に遙々と來て、業を營む人の身の上に同情の涙を催すのみである。一浴してツト家を出づれば、折しも滿月に近い月は團々として東の山の上にあがつてゐる。蒼茫として海につゞく平野は西に廣がつて、ラムプの薄明りに光る※[#「窗/心」、第3水準1−89−54]が一つ二つ、白い衣服の鮮人が二つ三つ其のあたりを徘徊する荒凉寂寥たる此の景色が所謂温泉場と思へようか。
私は以前に※[#「禾+占」、179−4]蝉の碑を訪ねて、晩秋の淋しい日、夕暗に鎖されて行く※[#「禾+占」、179−4]蝉縣址と、黄色に色映ゆる海邊とを丘陵の上から見た。而して此の朝鮮最古の漢碑を殘した樂浪の人々が、矢張病を之に醫したこともあつたらうと思はざるを得なかつた。而して又た此の丘陵を登つて、遙かに故國を望んで涙を濺いだこともあつたらうと想像して、自分等の旅の終に近づいた喜びと思ひ比べたことであつた。而かも彼等樂浪の民の多くは、屍を異郷に埋めて我等の發掘する古墳の白骨と化したでは無いか。
龍岡の温泉は私には限りない哀愁をそゝる。
五 滿洲の温泉
朝鮮の温泉から私の記憶は滿洲の温泉に移らざるを得ない
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