此の邊が二十尺程も土地が低下し、其後十六世紀頃から隆起し、今日では再び沈下しつゝある面白い標本を見られることは、ライエル氏の唱道して以來有名なものである。

          三 英國バースの羅馬の温泉場

 天然の温泉に設けた羅馬の浴場としては、英國のバースが最も有名なものであらう。停車場附近の安宿に泊り、忙しく驅け廻つた私は、洋服を脱いで風呂に入ることの面倒さに煩はされて、たゞ其の遺跡を見物した丈けで遂に一浴をも試みなかつた。浴後浴衣がけで風情を呼ぶことが出來ない温泉場は、到底我々の興味を惹かない。
 バースの温泉は硫化カルシウム及びソヂウムを主とする鑛泉で、温度は華氏百二十度の高きに達するものがある。傳説によればブラダツド王が癩病になつて、此の温泉を發見して浴したのが紀元前八百六十三年であると言はれるが、羅馬以前に英人が此處に町を設けたことは未だ確證がない。羅馬征服後に至つて此地に小さい市街が發達し、「アクワ、スーリス」の名を以て呼ばれ、大きな浴場が造られ、神祠が立てられたことは、近年考古學的發掘の結果多くの遺物を發見して明かになつた。小さい博物館とポンプ室には、此等の發掘品が
前へ 次へ
全9ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
浜田 青陵 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング