する天然の温泉は羅馬人によつて利用せられ、そこに別莊の如きものが出來、氣持のよい小浴場が設けられたことは言ふに及ばぬことである。
 羅馬附近にはチヴオリへ行く道にバーニと稱する驛があり、今も臭い硫黄泉が出てゐることは、車中からも旅客が見る處である。こゝは古へはアクワアルブーレエと稱せられた處である。ナポリ附近フラグレイアの野は火山地帶であつて、此處に幾多の火山と温泉が連續して居ることは、地質學者も考古學者も將た觀光の風流人も先刻知り拔いてゐる處であるが、これは思ふに海水浴と共に、温泉によつて羅馬以來繁昌したもので、ポツオリからバイヤに至る沿道の海岸には、當代の別墅の遺址が累々として列つてゐる。就中「ネロ帝の浴場」と名づけられるものは、海に突出した丘陵に穿たれた洞窟で、中には非常に高温な湯の出る處がある。私は其の中に案内せられて息のつまる樣な苦しみを覺え、少女がバケツに汲み出す熱湯に驚いたことである。別府などなれば「何々地獄」とでも命名せらる可きものであらう。ポツオリの「セラペウム」には羅馬時代のコリント式の柱が立つて居り、其れに附著した貝殼によつて、嘗て十餘尺も深く海水中に沒され、中世
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