あるが、その座に坐った人たちの閉された心の底にどのような疼きが鬱積しつつあるかということを果して誰が知り得るであろうか。それはすでに決して語られることのないことば、決して流されることのない涙となっているゆえに一層深く心の底に埋没しながら、展開する歴史の中で、意識すると否とに拘らずいまや新しいかたちをとりつつあり、この出来事の意味は人類の善意の上に理性的な激しい拡大性をもって徐々に深大な力を加えつつあるのである。
 私はこの稿をまとめてみながら、この事に対する詩をつくる者としての六年間の怠慢と、この詩集があまりに貧しく、この出来事の実感を伝えこの事実の実体をすべての人の胸に打ちひろげて歴史の進展における各個人の、民族の、祖国の、人類の、過去から未来への単なる記憶でない意味と重量をもたせることに役立つべくあまりに力よわいことを恥じた。
 然しこれは私の、いや広島の私たちから全世界の人々、人々の中にどんな場合にでもひそやかにまばたいている生得の瞳への、人間としてふとしたとき自他への思いやりとしてさしのべられざるを得ぬ優しい手の中へのせい一ぱいの贈り物である。どうかこの心を受取って頂きたい。

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