のとさせたのである。
今はすべての人が広島で二十万ほどの人間が一発の原子爆弾によって殺されたことを知っている。長崎でもそうだ。然しそれは概括的な事実のみであってその出来事が大きければ大きいだけに、直面すれば何人でも慟哭してもしきれぬであろうこの実感を受けとることは出来ない。当時その渦中にあった私たちでさえこの惨事の全貌を体で知ることは出来なかったし、今ではともすれば回想のかたちでしか思いえぬ時間の距りと社会的環境の変転をもった。
だがこの回想は嘆きと諦めの色彩を帯びながらも、浮動してゆく生活のあけくれ、残された者たちの肩につみ重ねられてゆく重荷の中で常に新しい涙を加え、血のしたたりを増してゆく性質をもち、また原爆の極度に残虐な経験による恐怖と、それによって全く改変された戦争の意味するものに対する不安と洞察によって、涸れた涙が、凝りついた血が、ごつごつと肌の裏側につき当るような特殊な底深さをもつものとなっている。
今年もやがてなくなった人たちの八周忌が近づく。広島では多くの家庭が、一度に応じきれぬ寺院の都合を思い、繰り上げたり繰り延したりしていとなむ法事をそろそろひらきはじめる頃で
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