おりました。けれど私は、派手なこと、つまり母の部分も持っておりました。
「シャンデリヤや香水が好きよ。ろうそくの灯で、ぽつりぽつり喋ることも好きよ。お寺であのお線香のにおいをかぐのも好きよ」
私はこう云ったこともありました。夕方になって、自動車で兄と弟が帰って来ました。兄は痛々しいほど泣きました。
「僕が、こんな体で申し訳ございません。父様。父様。屹度《きっと》もう一度家を興します。僕が丈夫になって、やってみせます。父様、きこえますか、父様、お返事をして下さい」
死骸にむかって真面目に必死になって言葉をかけている兄の姿に、私はわずかばかり心打たれました。
「死人に口なしさ」
弟がため息と一しょにそう云いました。私はだまって弟に目くばせしました。兄に弟のすっかり変った様子をみせたくなかったのです。御通夜の人達のために、私は女中と御料理をいたしました。火鉢を並べたり、御ざぶとんを出したりいたしました。以前、執事をしていた豊島が来て、兄や叔父達と葬儀の相談をしました。死亡通知の印刷のこと、新聞掲載のこと。遺産のこと。勿論遺産と云っても、今住んでいる土地家屋と菩提寺の他は何もありません。
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