用事をまかせて、又自分の部屋に戻ると、ふたたび、父についての思い出をたぐりはじめました。父と私は、新緑の奈良や、紅葉の嵯峨野をよく散策しました。古寺を尋ね、その静かなふんいきの中で色をたのしんだり、形をながめたりしたのです。
「母様とね、まだ結婚して間なし、こうやって、奈良や京都をあそんだ事があるんだよ。母様は、つまらなくて仕方がないという風でね、父様が一生懸命、建築の話をしているのに、居睡りはじめたこともある。かなしかったよ」
 そう云って、父はさみしく笑ったこともありました。でも、母としても父には不満があったわけなのでしょう。東京で比較的自由な娘時代を送った母にとって、父の趣味は理解出来ず、ダンスや音楽や、そういう方面にうとい父は、ばんからな、やぼな男だったでしょう。公使館のパーティの話をよく私はきかされました。馬に乗って軽井沢をかけまわったこと、大勢の男友達とスキーに行ったり、ヨットにのったりした青年時代。父と母とは、とけあう事が出来なかったのは、当然だったでしょう。そして父は母にないものを私に求めました。父の持つ趣味は私だけが又持っておりました。兄も弟も、母のものばかりを受けて
前へ 次へ
全41ページ中37ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久坂 葉子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング