落ちてゆく世界
久坂葉子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)それを煮《た》いて

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)五十|瓦《グラム》の

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#ここから3字下げ]
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 ある日――
 足音をしのばせて私は玄関から自分の居間にはいり、いそいで洋服をきかえると父の寐ている部屋の襖をあけました。うすぐらいスタンドのあかりを枕許によせつけて、父はそこに喘いでおります。持病の喘息が、今日のような、じめじめした日には必ずおこるのです。秋になったというのに、今年はからりと晴れた日はまだ一日もなく、なんだか、あついような、そして肌寒い毎日でありました。
「唯今かえりました。おそくなりまして。いかがでございますか……」
 父は黙って私の顔をみつめております。私は父のその目付を幾度もうけて馴れておりますものの、やはりそのたびに一応は、恐れ入る、という気持になって、丁寧に頭をさげます。そして、ぎごちなく後ずさりをして部屋を出ました。
 つめたい御飯がお櫃の片側にほんの一かたまり。それに大根の煮たのが
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