そんな話が随分長くつづきました。あれこれ小さい道具を買いととのえることだけでも意外に多くのお金を使わねばなりませんし、葬儀の費用は、とにかく、知合先や会社関係より借用することにして予算をたてたりもしました。私は、ふと松川さんのお祖母さんの葬儀の時を思い出しました。父には金歯が四五本もあるのです。あの話の時の父の苦い顔を思い出しました。金歯のことは黙っておりました。御通夜の人達よりはなれて部屋へ戻ると、私は信二郎に頼まれた欠席届を書くことに気付いて、硯箱をあけました。墨をすりながら、私が小学校の頃父に呼びつけられて硯の墨すりをさされたことを思い出しました。たくさんの墨水をつくります。お皿にあけてはすり、あけてはすりました。そうです。松の絵にこっておられた時でした。最近は小さい淡彩の絵ばかりでした。

 ある日――
 それはよく晴れた静かな午後でした。父はお骨となりました。死の一日おいて翌日でした。東さんの好意で、売れていなかった白磁の壺を葬儀の日だけ借りて来て、それを位牌の前に置きました。父の以前関係していた会社の人が多勢来て、型通りのおくやみを流暢にのべてくれました。菊の花が部屋中に香
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