管の中にいれました。父は、母に財布を取りに行かせ、黙って百円紙幣を五枚、私の前に並べたのです。私も一言も云わないで、それをもらうと家を出たのでした。夕方のうすらさむい街を歩きました。そしてほしかったその皿を買い、残りでコーヒをのみ、高級煙草も吸いました。
 穢れた食器をガチャガチャ手荒く洗って、ぞんざいに戸棚の中へかさねて置くと、自分の部屋に戻って新聞紙のつつみをほどきました。陶器のそのとろっとした肌を頬につけてしばらくそれを愛撫しました。
「又、姉様の隠居趣味。食うに困ってるのに。そんなもの買う位なら牛肉でも買って来てくれりゃいいんだ」
 はいって来た弟の信二郎は、いきなり皿を爪はじきしました。
「いけない。こわれるじゃないの」
 私はそれを本棚の上に置きました。父の、「血」が「皿」になったそのことが、私には滑稽に思われて来ました。皿の包みを大事に抱きながら、一人で夜の街を歩いたことが、私を喜ばせます。隠居趣味? 信二郎の云った言葉を思い浮かべました。非難なのでしょうか。嘲弄の気持からでしょうか。私には、羨望だろうと思われました。自分の逃げ場所を、こんなものに求めるところは、父と私の
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