もないのに私は自分の惨死姿を頭のすみに、うろうろ浮ばせた。三四年前、死ということをはじめて知った時、私は別に深刻にかんがえるだけの知識を持っていなかったし、自分が死に直面しているとは勿論思わないでいたのだが、この時は、何かせっぱつまったものを感じた。ラジオの報道はさっぱり耳にはいらない。決して死への恐怖ではない。唯、私が死ぬ、私は死ぬ、という三四年前よりもっと具体的な、死に対する衝動であった。私はじっとしておられない。私は死から逃れようとする本能的な感情が、突然、紙や鉛筆をうっちゃって表へとびだす行動に現われた。私は死に度くない。私は生きておりたい。死がおそろしいのではない。けれど私は自分の命を愛しているのだ。生徒達は壕にはいっていた。私は人の居ない運動場を走りぬけ山の方へ突進して行った。別に、山の方は弾丸が来ないからというような常識的な考えは持っていなかった。唯、じっとしておられない感情で走り出したのだ。高い山の崖下へ来た。走りつづけることは肉体的に不可能であった。笹むらへ身を投じた。私は眼を閉じてうつぶせになったまま、走り度い精神と、走ることが出来ない肉体との交錯を感じた。私は、人
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