どいた。中にありふれた人形がよこたわっていた。小さな胸に、あんな憤りを感じたことはそれ迄なかった。私はいきなりその西洋人形の髪の毛をひっつかみ柱にぶっつけた。ママーと云ってその人形の頭は砕けた。
「パパは嘘おっしゃったの、ママも嘘おっしゃったの、ボビはわかったの、わかったの」
その日から、私はもう大人達を信じなくなった。そして、自分の心の中をすっかり閉ざして誰にもみせないようにしてしまった。そして又大きな裸の人形と眠るゆめが、やぶれてしまったという失望と――その頃はもう、乳母の乳房をいじることは、弟の手前、出来なかったのである――大人に欺されたという腹いせとが、私を妙にこじれさせ、恐しいことには嘘をついてもよいのだという気持が、もこもこと起き上って来たのである。そしてその一種の嘘が、空想したり想像したりするたのしみをつくらせた。私は平気で自分をつくり話の主人公にして、弟や女中に話をしてきかせた。
「ねえ、きいて頂戴、ボビはねエ。遠い遠いお国で生まれたの、ママもパパもなかったのよ。たくさんの木があって、兎や鹿がボビを育てたのよ」
私は毎日ちがった話をつくり出した。そうして出鱈目な話を
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