らしく、もみ手をしながら、うっとりながめ入っていた。
「ことしは天気がいいなあ」
 こうかれはむすこたちをふり返って言っていた。
 かれはくちびるに微笑《びしょう》をたたえて、胸《むね》の中では、これだけ売ればいくらになるという勘定《かんじょう》をしていた。
 ここまでするには、みんなずいぶん骨《ほね》を折《お》った。一時間と休憩《きゅうけい》するひまなしに働《はたら》いたし、日曜日でも休まなかった。でももうとうげはこしたし、すっかり売り出しの準備《じゅんび》ができあがったので、そのほうびとして、八月五日の日曜日の夕方、わたしたち残《のこ》らずうちそろってアルキュエイまで、お父さんの友人で、やはり植木屋|仲間《なかま》のうちへごちそうを食べに行くことが決定されていた。カピも一行の一人になるはずであった。わたしたちは四時まで働《はたら》くことにして、仕事がすんだところで、門に錠《じょう》をかって、アルキュエイまで行くことになった。晩食《ばんしょく》は八時にできるはずであった。晩食がすんでわたしたちはすぐうちへ帰ることにした。ねどこにはいるのがおそくならないように、月曜の朝にはいつでも働《はたら》けるように、元気よく早くから起きられるようにしなければならなかった。それで四時二、三分まえにわたしたちはみんな仕度ができた。
「さあ、みんな行こう」とお父さんがゆかいらしくさけんだ。「わたしは門にかぎをかけるから」
「来い、カピ」
 リーズの手を取って、わたしは走りだした。カピはうれしそうにはねながらついて来た。また旅かせぎに出るのだと思ったのかもしれない。この犬は旅がやはり好《す》きであった。こうしてうちにいては、思うようにわたしにかまってはもらえなかった。
 わたしたちは日曜日の晴れ着を着て、ごちそうになりに行く仕度をしていたので、なかなかきれいであった。わたしたちが通るとふり返って見る人たちもあった。わたしは自分がどんなふうに見えるかわからなかったけれど、リーズは水色の服に、ねずみ色のくつをはいて、このうえなく活発なかわいらしいむすめであった。
 時間が知らないまにずんずん過《す》ぎていった。
 わたしたちは庭のにわとこ[#「にわとこ」に傍点]の木の下でごちそうを食べていた。するとちょうどおしまいになりかけたとき、わたしたちの一人が、ずいぶん空が暗くなったと言いだした。雲《くも》がどんどん空の上に固《かた》まって出て来た。
「さあ、子どもたち、早くうちへ帰らなければいけない」とお父さんが言った。
「もう」みんなはいっしょにさけんだ。
 リーズは口はきけなかったが、やはり帰るのはいやだという身ぶりをした。
「さあ行こう」とお父さんがまた言った。「風が出たらガラスのフレームは残《のこ》らず引っくり返される」
 これでもうだれも異議《いぎ》を申し立てなかった。わたしたちはみんなフレームの値打《ねう》ちを知っていた。それが植木屋にどれほどだいじなものかわかっていた。風がうちのフレームをこわしたら、それこそたいへんなことであった。
「わたしはバンジャメンとアルキシーを連《つ》れて先へ急いで行く」とお父さんが言った。
「ルミはエチエネットと、リーズを連れてあとから来るがいい」
 かれらはそのままかけだした。エチエネットとわたしはリーズを連れてそろそろ後からついて行った。だれももう笑《わら》う者はなかった。空がだんだん暗くなった。あらしがどんどん来かけていた。砂《すな》けむりがうずを巻《ま》いて上がった。砂が目にはいるので、わたしたちは後ろ向きになって、両手で目をおさえなければならなかった。空にいなずまがひらめいて、はげしいかみなりが鳴った。
 エチエネットとわたしがリーズの手を引《ひ》っ張《ぱ》った。わたしたちはもっと早くかの女を引っ張ろうと試《こころ》みたが、かの女はわたしたちと歩調を合わせることは困難《こんなん》であった。あらしの来るまえにうちへ帰れようか。お父さんとバンジャメンとアルキシーはあらしの起こるまえにうちに着いたろうか。かれらがガラスのフレームを閉《し》めるひまさえあれば、風が下からはいって引っくり返すことはないであろう。
 雷鳴《らいめい》がはげしくなった。雲がいよいよ深くなって、もうほとんど夜のように思われた。
 風に雲のふきはらわれたとき、その深い銅《あかがね》色の底《そこ》が見えた。雲はやがて雨になるであろう。
 がらがら鳴り続《つづ》ける雷鳴《らいめい》の中に、ふと、ごうっというひどいひびきがした。一|連隊《れんたい》の騎兵《きへい》があらしに追われてばらばらとかけてでも来るような音であった。
 とつぜんばらばらとひょうが降《ふ》って来た。はじめすこしばかりわたしたちの顔に当たったと思ううちに、石を投げるように降《ふ》って来た。それでわたしたちはかけ出して大きな門の下のトンネルに避難《ひなん》しなければならなかった。ひょうの夕立ち。たちまち道はまっ白に冬のようになった。ひょうの大きさははとの卵《たまご》ぐらいあった、落ちるときには耳の遠くなるような音を立てた。もうしじゅうガラスのこわれる音が聞こえた、ひょうが屋根から往来《おうらい》へすべり落ちるとともに、屋根やえんとつのかわらや石板やいろんなものがこわれて落ちた。
「ああ、これではガラスのフレームも」とエチエネットがさけんだ。
 わたしも同じ考えを持った。
「お父さんはたぶんまに合ったでしょうね」
「ひょうの降《ふ》るまえに着いたにしても、ガラスにむしろをかぶせるひまはなかったでしょう。なにもかもこわれてしまったでしょうよ」
「ひょうは所どころまばらに落ちるものだそうですよ」と、わたしはまだそれでも無理《むり》に希望《きぼう》をかけようとして言った。
「おお、それにはあんまりうちが近すぎます。もしうちの庭にここと同じだけ降《ふ》ったら、父さんはお気のどくなほど大損《おおぞん》になってしまいます。父さんはこの花を売って、いくらお金をもうけてどうするという細かい勘定《かんじょう》をしていらしったのだからそれはずいぶんお金が要《い》るようよ」
 わたしはガラスのフレームが百|枚《まい》千八百フランもすることを聞いていた。植木や種物《たねもの》を別《べつ》にしても、五、六百もあるフレームをひょうがこわしたらなんという災難《さいなん》であろう。どのくらいの損害《そんがい》であろう。
 わたしはエチエネットにたずねてみたかったけれど、おたがいの話はまるで聞こえなかったし、かの女も話をする気がないらしかった。かの女は絶望《ぜつぼう》の表情《ひょうじょう》で、自分のうちの焼《や》け落ちるのを目の前に見ている人のように、ひょうの降《ふ》るのをながめていた。
 おそろしい夕立ちはほんのわずか続《つづ》いた。急にそれが始まったように、急にやんだ。たぶん五、六分しか続《つづ》かなかった、雲がパリのほうへ走って、わたしたちは避難所《ひなんじょ》を出ることができた。ひょうが往来《おうらい》に深く積《つ》もっていた。リーズはうすいくつで、その上を歩くことができなかったから、わたしは背中《せなか》に乗せてしょって行った。宴会《えんかい》へ行くときにあれほど晴《は》れ晴れとしていたかの女のかわいらしい顔は、いまは悲しみにしずんで、なみだがほおを伝《つた》っていた。
 まもなくわたしたちはうちに着いた。大きな門があいていて、わたしたちはすぐと花畑の中にはいった。
 なんというありさまであろう。ガラスというガラスは粉《こな》ごなにこわれていた。花とガラスのかけらとひょうがいっしょに固《かた》まって、あれほど美しかった花畑に降《ふ》り積《つ》もっていた。なにもかもめちゃめちゃにこわされた。
 お父さんはどこへ行ったのだろう。
 わたしたちはかれを探《さが》した。やっとかれを大きな温室の中で発見した。その温室のガラス戸は残《のこ》らずこわれていた。かれは地べたをうずめているガラスのかけらの中にいた(手車の上にこしをかけてというよりは、がっかりしてこしをぬかしていた。アルキシーとバンジャメンはそのそばにだまって立っていた。
「ああ、子どもたち、かわいそうに」と、かれはわたしたちがガラスのかけらの上をみしみし歩く音に気がついて、こうさけんだ。
 かれはリーズをだいてすすり泣《な》きを始めた。かれはなにもほかに言わなかった。なにを言うことができようぞ。これはおそろしい結果《けっか》であった。しかもそのあとの結果はもっともっとおそろしかった。
 わたしはまもなくそれをエチエネットから聞いた。
 十年まえかれらの父親はこの花畑を買って、自分で家を建《た》てた。かれに土地を売った男は植木屋として必要《ひつよう》な材料《ざいりょう》を買う金をもやはりかれに貸《か》していた。その金額《きんがく》は十五年の年賦《ねんぷ》で、毎年しはらうはずであった。その男はしかもこの植木屋が支払《しはら》いの期限《きげん》をおくらせて、おかげで土地も家も材料までも自分の手に取り返す機会《きかい》ばかりをねらっていた。もちろんすでに受け取った十年分の支払い金額《きんがく》は、ふところに納《おさ》めたうえのことであった。
 これはその男にとっては相場《そうば》をやるようなもので、かれは十五年の期限のつきないまえにいつか植木屋が証文《しょうもん》どおりにいかなくなるときの来ることを望《のぞ》んでいた。この相場はよし当たらないでも債権者《さいけんしゃ》のほうに損《そん》はなかった。万一当たればそれこそ債務者《さいむしゃ》にはひどい危険《きけん》であった。ところがひょうのおかげでその日はとうとう来たのだ。さてこれからは、どうなることやら。
 わたしたちはそれを長く心配するひまはなかった。証文《しょうもん》の期限《きげん》が切れたあくる日――この金はこの季節《きせつ》の花の売り上げでしはらわれるはずであったから――全身まっ黒な服装《ふくそう》をした一人の紳士《しんし》がうちへ来て、印《いん》をおした紙をわたした。これは執達吏《しったつり》であった。かれはたびたび来た。あまりたびたび来たので、しまいにはわたしたちの名前を覚えるほどになった。
「ごきげんよう、エチエネットさん。いよう、ルミ。いよう、アルキシー」
 こんなことを言って、かれはわたしたちに例《れい》の印《いん》をおした紙を、お友だちのような顔をしてにこにこしながらわたした。
「みなさん、さよなら。また来ますよ」
「うるさいなあ」
 お父さんはうちの中に落ち着いていなかった。いつも外に出ていた。かれはどこへ行くか、ついぞ話したことがなかった。たぶん弁護士《べんごし》を訪問《ほうもん》するか、裁判所《さいばんしょ》へ行ったのかもしれなかった。
 裁判所というとわたしはおそろしかった。ヴィタリスも裁判所へ行った。そしてその結果《けっか》はどうであったか。
 そしてその結果をお父さんは待ちかねていた。冬の半分は過《す》ぎた。温室を修理《しゅうり》することも、ガラスのフレームを新しく買うこともできないので、わたしたちは野菜物《やさいもの》やおおいの要《い》らないじょうぶな花を作っていた。これはたいしたもうけにはならなかったが、なにかの足しにはなった。これだってわたしたちの仕事であった。
 ある晩《ばん》お父さんはいつもよりよけいしずんで帰って来た。
「子どもたち」とかれは言った。「もうみんなだめになったよ」
 かれは子どもたちになにかだいじなことを言いわたそうとしているらしいので、わたしはさけて部屋《へや》を出ようとした。かれは手まねでわたしを引き止めた。
「ルミ、おまえもうちの人だ」とかれは悲しそうに言った。「おまえはなにかがよくわかるほどまだ大きくなってはいないが、めんどうの起こっていることは知っていよう。みんなお聞き、わたしはおまえたちと別《わか》れなければならない」
 ほうぼうから一つのさけび声と苦しそうな泣《な》き声が起こった。
 リーズは父親の首にうでを巻《ま》きつけた。かれ
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