ね。おまえはいつも人をびっくりさせることが好《す》きだったから」
 いよいよそのしゅんかんが来た。
「牛小屋はルセットがいなくなってから、そのままになっているの」とわたしはたずねた。
「いいえ。あすこにはこのごろまきがはいっているよ」
 そうかの女が言うころには、わたしたちはもう牛小屋に着いていた。わたしはドアをおし開けた。するとさっそくおなかの減《へ》っていた雌牛《めうし》が「もう」と鳴きだした。
「雌牛だよ。まあ、牛小屋に雌牛がさ」とバルブレンのおっかあがさけんだ。
 マチアとわたしはぷっとふき出した。
「これも不意討《ふいう》ちさ」とわたしがさけんだ。「でもきくいもよりかずっといいでしょう」
 かの女はぽかんとした顔をして、わたしをながめた。
「ええ、これがおくり物ですよ。ぼくはあの小さな迷子《まいご》の子どもに、あれほど優《やさ》しくしてくれたおっかあの所へ、空《から》っ手《て》では帰れなかった。これがルセットの代わりです。マチアとぼくとでもうけたお金でそれを買って来たのです」
「まあ、ねえ」とかの女はさけんで、わたしたち二人にキッスした。
 かの女はいまおくり物を検査《けんさ》するために、小屋の中へはいって行った。一つ一つ見つけては、かの女は歓喜《かんき》のさけび声を立てた。
「なんというりっぱな雌牛《めうし》でしょうね」とかの女はさけんだ。しばらくするとかの女はとつぜんふり向いた。
「まあおまえ、いまではきっとたいしたお金持ちなんだね」
「お金持ちですとも」とマチアが笑《わら》った。「ぼくたちはかくしに五十八スー残《のこ》っています」
 わたしは乳《ちち》おけを取りにうちへかけて行った。そしてうちの中にいるあいだにバターと卵《たまご》と麦粉《むぎこ》を食卓《しょくたく》が上にならべて、それから小屋までかけてもどった。乳おけに美しいあわの立つ乳が七分目まであふれているのを見たときに、どんなにかの女は喜《よろこ》んだであろう。
 それからかの女は食卓の上にどら焼《や》きをこしらえる仕度のできあがっているのを見ると、また大喜びをした。そのどら焼きを死ぬほど食べたがっている人がいるのだとわたしは言った。
「ではおまえさんたちはバルブレンさんがパリへ行ったことを知っていたにちがいないね」とかの女は言った。わたしはそこで、それを知ったわけを話した。
「どうしてあの人が行ったか、話してあげよう」とかの女は意味ありげにわたしの顔をながめて言った。
「まあ先にどら焼《や》きを食べようよ」とわたしは言った。「あの人のことは言わないことにしよう。ぼくはあの人が四十フランでぼくを売ったことを忘《わす》れない。あの人がこわいんで、あの人がまたぼくを売るのがこわいんで、ぼくはここへ様子を知らせることをがまんしていたのだ」
「ああ、きっとそれはそうだと思うよ」とかの女は言った。「でもバルブレンさんのことを悪くお言いでないよ」
「まあ、どら焼《や》きを食べようよ」とわたしはかの女にぶら下がりながら言った。
 わたしたちはみんなでさっそく材料《ざいりょう》をこなし始めた。そしてまもなく、マチアとわたしはどら焼きに舌《した》つづみをを打った。マチアはこんなうまいものを食べたことはないと言った。わたしたちが一さらを平《たい》らげると、すぐにつぎのさらにかかった。カピもおすそわけにあずかりに来た。バルブレンのおっかあは、犬にどら焼きをやるなんてもったいないと言ったが、わたしたちはカピが一座《いちざ》の主《おも》な役者で、そのうえ天才であることを説明《せつめい》して、なんによらずだいじにあつかっているのだと言い聞かした。
 やがてマチアがあしたの朝使うまきを取りに出て行ったあいだに、かの女はバルブレンがなぜパリへ行ったか話して聞かせた。
「おまえの家族の人たちがおまえを探《さが》しているのだよ」とかの女はほとんど聞こえないほどの小声で言った。「バルブレンがパリへ出かけたのは、そのためなのだよ。あの人はおまえを探しているのだよ」
「ぼくの家族」とわたしはさけんだ。「おお、わたしにも家族があるのですか。話してください。残《のこ》らず。ねえ、おっかあ。バルブレンのおっかあ」
 このときふとわたしはこわくなってきた。わたしは自分の一家がほんとうに自分を探していることを信《しん》じなかった。バルブレンはまたわたしを売るために、わたしを探そうとしているのだ。今度こそわたしは売られるものか。
 こう言ってわたしはバルブレンのおっかあにその心配を話した。けれどかの女はそうではない、わたしの一家がわたしを探《さが》しているのだと言った。
 それからかの女はいつか一人の紳士《しんし》がこのうちへやって来て、外国のなまりのあることばで話をして、いく年かまえパリで拾った赤子はどうしたかとバルブレンにたずねたことを話した。するとバルブレンはその人に、ぜんたいそれになんの用があるのだと言ったそうだ。この返事はいかにもバルブレンのしそうな返事であった。
「ほら、パン焼《や》き場《ば》から、台所で言っていることはなんでも聞こえるだろう」とバルブレンのおっかあが言った。「二人がおまえさんの話をしているときわたしはむろん聞いていた。わたしはもっとそばに寄《よ》って、そこでまきを折《お》っていた。
『おや、だれかいますね』とその紳士《しんし》はバルブレンに言ったよ。
『ええ、います。なあに家内《かない》ですよ』とあの人は答えた。すると、そのお客は『台所はたいへんむし暑いからいっそ外へ出て話しましょう』と言った。二人は出かけて行って、三時間あとでバルブレンだけが一人で帰って来た。わたしはあの人からなにかを残《のこ》らず聞き出そうとしたが、あの人がやっと言ったことは、さっきのお客がおまえを探《さが》していること、でもその人はおまえのお父さんではないこと、それから百フラン、お金をくれたことだけだった。たぶんあの人はそののちもっともらったろう。そういうことがあるし、あの人がおまえさんを拾ったときりっぱな着物をおまえさんが着ていたというから、おまえさんので両親はきっとお金持ちにちがいないと思うのだよ。それからジェロームはパリへ行って来ると言ってね」とかの女は続《つづ》けた。「おまえさんをやとい入れた音楽師《おんがくし》を訪《たず》ねるためにね。あの音楽師がおまえさんを連《つ》れて行ったときの話では、ルールシーヌ街《まち》のガロフォリという男にあてて手紙をやれば着くと言っていたそうだよ」
「それで、バルブレンさんが出かけてから、なにか便《たよ》りがありましたか」とわたしはたずねた。
「いいえ、ひと言も」とかの女は言った。「わたしはあの人が町のどこに住んでいるかも知らないよ」
 ちょうどそこへマチアがはいって来た。わたしは興奮《こうふん》しながら、かれに向かって、わたしにうちのあること、両親がわたしを探《さが》していることを話した。かれはわたしのために喜《よろこ》ぶとは言ったが、わたしだけのゆかいと興奮をともに分けて感じているとは見えなかった。


     古い友だちと新しい友だち

 わたしはその晩《ばん》すこししかねむらなかった。バルブレンのおっかあはわたしに、パリへ向けてたつこと、そして着いたらすぐにバルブレンを見つけて、せっかく少しでも早くわたしを見つけようとしている両親も喜《よろこ》ばせてやることを勧《すす》めた。わたしはかの女と五、六日ここに過《す》ごしたいと望《のぞ》んでいたが、でもかの女の言うことももっともだと思った。
 わたしはしかし行くまえにリーズに会いに行かなければならない。それには運河《うんが》に沿《そ》って行ってパリへ行けるのだから、してできないことはなかった。リーズのおじさんは水門の番人をしていて、河岸《かし》の小屋に住んでいるのだから、そこへとまってかの女に会うことはできる。
 わたしはその日一日バルブレンのおっかあとくらした。夕方わたしたちは、いまにわたしがお金持ちになったら、かの女になにをしてやろうかということを話し合った。かの女は欲《ほ》しい物をなんでも持たなければならない。わたしにお金ができれば、どんな望《のぞ》みだってかなえてやれないということはないであろう。
「でもおまえがびんぼうでいるあいだにくれた雌牛《めうし》は、お金持ちになったときくれられるどんな物よりもわたしにはずっとうれしいだろうよ」とかの女はほくほくしながら言った。
 そのあくる日、好《す》きなバルブレンのおっかあに優《やさ》しいさようならを言ってから、わたしたちは運河《うんが》の岸についで歩き出した。
 マチアはたいへん考えこんでいた。そのわけをわたしは知っていた。かれはわたしにお金持ちの両親ができることを悲しがっていた。それがわたしたちの友情《ゆうじょう》に変化《へんか》を起こすとでも思ったらしかった。わたしはかれに、そうなれば学校へ行って、いちばんえらい先生について音楽を勉強することができるのだからと言ったが、かれは悲しそうに頭をふった。わたしはかれが兄弟としていっしょのうちに住むようになること、わたしの両親もわたしの友だちのことだからそっくりわたし同様に愛《あい》してくれるだろうと思ったということを話したが、まだかれは首をふっていた。
 しかしさしあたりわたしはまだそのお金持ちの両親の金を使うまでにならないので、通りすがりの村むらで、食べ物を買うお金を取らなければならなかった。それにリーズにおくり物を買ってやるお金も少しこしらえたかった。バルブレンのおっかあはあの雌牛《めうし》を、わたしがお金持ちになってからなにをもらったよりもずっとありがたいと言ったが、きっときっとリーズもこのおくり物と同じように考えるだろうと思った。わたしはかの女に人形をやろうと思った。幸い人形は雌牛《めうし》のように高くはなかった。わたしたちが通ったつぎの村で、わたしは美しい髪《かみ》の毛《け》と、青い目をしたかわいらしい人形をかの女のために買った。
 運河《うんが》の岸を歩きながら、わたしはたびたびミリガン夫人《ふじん》と、アーサと、それからかれらの美しい小舟《こぶね》のことを思い出していた。その小舟に運河《うんが》の上で出会いはしないかと思っていたが、でもわたしたちはついにそれを見なかった。
 とうとうある日の夕方、わたしたちはリーズの住んでいるうちを遠方から見る所まで来た。それは木のしげった中にあった。きりでかすんだ中にあるらしかった。大きな炉《ろ》の明かりに照《て》らされた窓《まど》を見ることもできた。だんだんとそばに近づくに従《したが》って、赤みを持った光が、わたしたちの通り道に投げられた。わたしの心臓《しんぞう》はとっとっと打った。わたしはかれらがそのうちの中で夕飯《ゆうめし》を食べている姿《すがた》を見ることができた。ドアと窓《まど》は閉《と》じられていたが、窓にはカーテンがなかったから、わたしは中をのぞきこんで、リーズがおばさんのそばにすわっているところを見た。わたしはマチアとカピに静《しず》かにするように合図をして、それから肩《かた》からハープを下ろして、それを地べたの上に置《お》いた。
「ああ、なるほど」とマチアがささやいた。「セレナードをやるか。なるほどうまい考えだ」
 わたしは例《れい》のナポリ小唄《こうた》の第一|節《せつ》をひいた。声でさとられてはいけないと思って歌は歌わなかった。わたしはひきながら、リーズのほうを見た。かの女は急いで顔を上げたが、その目はかがやいていた。
 それからわたしは歌い始めた。かの女はいすからとび下りて、戸口へかけて来た。まもなくかの女はわたしのうでにだかれていた。
 カトリーヌおばさんがそれから出て来て、わたしたちを夕飯《ゆうめし》に呼《よ》んでくれた。リーズは急いで食卓《しょくたく》の上におさらを二つならべた。
「おいやでなければ」とわたしは言った。「もう一|枚《まい》おさらを出してください。ぼくたちはもう一人かわいらしいお友だちを連《つ》れて来
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