七時ごろ今度はエチエネットがわたしを庭へ連《つ》れ出した。
「ルミ、わたしあなたにほんのお形見をあげようと思うの」とかの女は言った。「この小ばこを納《おさ》めてください。わたしのおじさんがくれたものだから。中には糸と針《はり》とはさみがはいっています。旅をして歩くと、こういうものが入り用なのよ。なにしろわたしがそばにいて、着物のほころびを直したり、ボタンをつけたりしてあげることができないのだからねえ。それでわたしのはさみを使うときにはわたしたちみんなのことを思い出してください」
 エチエネットがわたしと話をしているあいだ、アルキシーがそばをぶらついていた。かの女がわたしを置《お》いて、うちの中へはいると、かれはやって来て、
「ねえ、ルミ」とかれは言いだした。「ぼくは五フランの銀貨《ぎんか》を二つ持っている。一つあげよう。きみがもらってくれると、ぼくはずいぶんうれしいんだ」
 わたしたち五人のうちで、アルキシーはたいへん金をだいじにする子であった。わたしたちはいつもかれの欲張《よくば》りをからかっていた。かれは一スー、二スーと貯金《ちょきん》してしじゅう貯金の高《たか》を勘定《かんじょう》していた。かれは一スーずつためては新しい十スー、二十スーの銀貨《ぎんか》とかえてだいじに持っていた。そういうかれの申し出は、わたしを心から感動させた。わたしは断《ことわ》りたかったけれど、かれはきらきらする銀貨をわたしの手に無理《むり》ににぎらせた。わたしはだいじにしている宝《たから》が分けてくれようというかれの友情《ゆうじょう》がひじょうに強いものであることを知った。
 バンジャメンもわたしを忘《わす》れはしなかった。かれはやはりわたしにおくり物をしようと思った。かれはわたしにナイフをくれて、それと交換《こうかん》に、一スー請求《せいきゅう》した。なぜなら、ナイフは友情《ゆうじょう》を切るものだから。
 時間はかまわずずんずんたっていった。いよいよわたしたちの別《わか》れる時間が来た。
 リーズはぼくのことをなんと思っているだろう。馬車がうちの前に近づいて来たときに、リーズがまたわたしに庭までついて来いという手まねをした。
「リーズ」とかの女のおばさんが呼《よ》んだ。
 かの女はそれには返事をしないで急いでかけ出して行った。かの女は庭のすみに一本|残《のこ》っていた大きなベンガル
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