家なき子
SANS FAMILLE
(下)
マロ Malot
楠山正雄訳

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)往来《おうらい》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一|銭《せん》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「火+欣」、第3水準1−87−48]
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     ジャンチイイの石切り場

 わたしたちはやがて人通りの多い往来《おうらい》へ出たが、歩いているあいだ親方はひと言も言わなかった。まもなくあるせまい小路《こうじ》へはいると、かれは往来の捨《す》て石《いし》にこしをかけて、たびたび額《ひたい》を手でなで上げた。それは困《こま》ったときによくかれのするくせであった。
「いよいよ慈善家《じぜんか》の世話になるほうがよさそうだな」とかれは独《ひと》り言《ごと》のように言った。「だがさし当たりわたしたちは一|銭《せん》の金も、一かけのパンもなしに、パリのどぶの中に捨《す》てられている……おまえおなかがすいたろう」とかれはわたしの顔を見上げながらたずねた。
「わたしはけさいただいた小さなパンだけで、あれからなにも食べませんでした」
「かわいそうにおまえは今夜も夕食なしにねることになるのだ。しかもどこへねるあてもないのだ」
「じゃあ、あなたはガロフォリのうちにとまるつもりでしたか」
「わたしはおまえをあそこへとめるつもりだった。それであれが冬じゅうおまえを借《か》りきる代わりに、二十フランぐらいは出そうから、それでわしもしばらくやってゆくつもりだった。けれどあの男があんなふうに子どもらをあつかう様子を見ては、おまえをあそこへは置《お》いて行けなかった」
「ああ、あなたはほんとにいい人です」
「まあ、たぶんこの年を取って固《かた》くなった流浪人《るろうにん》の心にも、まだいくらか若《わか》い時代の意気が残《のこ》っているとみえる。この年を取った流浪人はせっかく狡猾《こうかつ》に胸算用《むなざんよう》を立てても、まだ心の底《そこ》に残っている若い血がわき立って、いっさいを引っくり返してしまうのだ……さてどこへ行こうか」とかれはつぶやいた。
 もうだいぶおそくなって、ひどく寒さが加《くわ》わってきた。北風がふいてつらい
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