れきし》に由緒《ゆいしょ》の深い古城《こじょう》の主人であった。
 わたしが汽車からとび下りて、押送《おうそう》の巡査《じゅんさ》の手からのがれて船に乗った、あの海岸から西へ二十里(約八十キロ)へだたった所に、わたしの美しい城《しろ》はあった。
 このミリガン・パークの本邸《ほんてい》に、わたしは母と、弟と、妻《つま》と、自分とで、家庭を作っていた。
 半年前からわたしは城内《じょうない》の文庫《ぶんこ》にこもって、わたしの長い少年時代の思い出を、せっせと書きつづっていた。わたしたちはちょうど長男のマチアのために洗礼式《せんれいしき》を上げようとしている。今夜わたしのやしきには貧窮《ひんきゅう》であった時代の友だちが集まって、いっしょに洗礼式《せんれいしき》を祝《いわ》おうとしている、わたしの書きつづった少年時代の思い出は一|冊《さつ》の本にできあがっていた。今夜集まる人たちに一冊ずつ分けるつもりである。
 これだけわたしのむかしの友だちの集まるということが、わたしの妻《つま》をおどろかした。かの女はこの一夜に、父親と、姉《あね》と、兄と、おばさんに会うはずであった。ただ母と弟にはまだ内証《ないしょう》にしてあった。もう一人この席《せき》にだいじな人が欠《か》けていた。それはあの気のどくなヴィタリス親方。
 親方の生きているあいだには、わたしはなにもこの人のためにしてやることができなかった。でもわたしは母にたのんで、この人のために大理石の墓《はか》を築《きず》かせた。その墓の上にはカルロ・バルザニの半身像《はんしんぞう》をすえさせた。その半身像の複製《ふくせい》はこうして書いているわたしの卓上《たくじょう》にあった。「思い出の記」を書いている間《ま》も、わたしはたびたび目を上げてこの半身像をながめた。わたしの目はわけなくこの像にひきつけられた。わたしはこの人をけっして忘《わす》れることができない。なつかしいヴィタリス親方を忘れることはできない。
 そう思っているとき、母が弟のうでにもたれかかって出て来た。弟のアーサはもうすっかりおとなになって、からだもじょうぶになって、いまではりっぱに母をだきかかえする人になっていた。母の後ろからすこしはなれて、フランスの百姓《ひゃくしょう》女のようなふうをした婦人《ふじん》が、白いむつき(おむつ)に包《つつ》まれた赤子をだいてつい
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